お題 “志保”
Sidestory of "To Heart"
 

「ファイト!」


Written by 未樹 祥


 ハアハア

 息が上がる。苦しい。腕が重い。

 バサバサ!

 走るたびに、腰まであるブッシュを突っ切るたびに、草が、木の枝があたしの
身体を打つ。でも、走る事を止めない。

 ハアハア

 腕のMPが、腰のCZが、重い。体力には割と自信が有ったんだけど、こんな時は
体力不足を感じる。
 あたし? あたしは長岡志保。ごく普通の女子校生……のはず。
 それがMP5A3(サブマシンガン)とCZ-75(オートマチックでは最高峰。
もちろん旧型よ)で武装して原生林の中を走っている。

 ドサッ

 走り疲れたあたしはちょうど有ったブナの樹に背中を預けて立ち止まる。

 ハアハア

「い、息を、整え、ないと……」

 周りを確認するのを怠らない。油断できない。もう、あたし一人なんだ。

 ガサッ!

 反射的に音がした方にMP5を向ける。

 チャ!

 ウサギ、だった。あたしに驚いてか、急いでさって行く。ふう、落ち着かないと。
 はあ〜。
 一人きりになって精神的にまいってきてるのが解る。
 まだ、敵は二人は残っているはず。
 ここ数日、神経をすり減らしている。もう、限界に近い。
 しかし、レミィが最初にやられたのが大きな誤算だった。


――・・――・・――・・――・・――・・――


「レッツ、ハンティングね!」
「頼んだわよ、レミィ」
「任せて! 志保」
「遠慮なんてしなくていいわよ」
「虎穴に入らずは虎児を獲ずね」

 なんか違うし。あ〜! 目つきが行っちゃってるよ〜。

「でも、大丈夫かな〜、あ、志保、これどうするの?」
「あかりちゃん、それはね」

 あかりと雅史は装備の確認に余念がない。あたしも自分の物の動作確認をする。
ふむ、大丈夫そうね。

「みんな、時刻合わせ、するわよ……5・4・3・2・1・0!」

 ピッ

「じゃ、レミィ、お願い」
「OK!」

 らんらんと出撃。思わず後ろから、「アムロ、いきま〜す」(古い?)って言いたくなる。

「じゃ、あたしたちも。グッドラック!」

 そう言ってあたしに雅史が頷く。あたしは二人と別れ、散った。



――・・――・・――・・――・・――・・――



 しばらくするとパパン!! パン! パン! っていう銃撃戦の音がする。レミィ?

 ガサゴソ!

 なに? 音がした方にMP5を向ける。

「ストップ! 志保」
「なんだ、レミィか、脅かさないでよ」
「ゴメンねえ。敵は?」
「さあ、さっき、あっちから銃声がしたけど」

 あたしは銃声がした方向に銃口を向ける。レミィはその方向をしばらく見つめて、

「じゃあ、あたしは右から回り込むから、志保、左から回り込んで」
「いいわよ」
「それじゃ」

 あたしとレミィは交戦地帯を回り込んで行く。たぶん、敵がいる所へ向かって。
ああ、もう! なんでこんなにブッシュが多いの!


――・・――・・――・・――・・――・・――


 ……いない。交戦地帯に来ても。誰も。――敵も、――味方も。

「いないねえ」
「そうね、レミィ。……時間掛けすぎたみたいね」
「じゃ、レミィ、また索敵して行こうか」
「そうね」

 また索敵かあ。……正直、油断が有ったと思う。気の緩み。
――視界の端に銃口が見えた。

「レミィ!」
「え?」

 あたしは右に横っ跳び。――レミィの反応が遅れた――

 パパパパパ

「キャア!」

 あたしたちが居た所を銃弾が通過した。

――レミィが倒れるのがやけにゆっくり見えた見えた――

 レミィを視界の端で確認しながら敵が隠れているブッシュに向かって発泡!

 パパパパパパ!

 ドサァ!

 殺った。――敵は緑色の髪をした少女だった。M16A2を持っている。
 所々赤黒く染まっている。銃弾の圧力でやられたんだろう。眼窩には黒い空洞。
 そうだ! レミィは?
 ……駄目、だ。腹に数発くらっている。見事なまでのマニュアル道理の銃撃。

 M16は弾丸が小さく高速の為、貫通力が高い。その為、胸を撃つと身体が後ろに
倒れていき、銃口が上を向く。あとは引き金に力がかかれば反撃を食らう。
 実際、USネービーはベトナムで何人もこれで殺されている。
 その点、腹に食らうと身体が前のめりに倒れ込む為、銃口は地面を向く。

 レミィの内臓はもう駄目だ。どうやらHot Head(弾丸の火薬を増やして殺傷力を
高めた物)にウラン弾(鉛より柔らかい、かつ、重い為、体内で炸裂する)の様だ。

 実際、体温が急激に下がっている。

「ゴメン……ね、志保」
「ううん、いいよ。レミィ」

 抱きしめてあげたかった。でも、できない。血に触れると匂いが付く。それは
危険との隣り合わせを示す。

「ここにいるとまた敵がやって来るかも知れない。ごめん、レミィ」
「……いい……よ。お……願い」

 もう、あたしに出来ることは楽にして上げる事だけだった。CZを構える。

 ドン!



 それから、あかり、雅史が連続で殺られた。正直、これには驚いた。
 確かにあかりは少々ドジな所がある。でもそれを補って余り有る気配りがあるし、
雅史の運動神経はピカ一だ。この二人がペアで組んでいるかぎりそう簡単には
殺されたりしないはずだった。だが、現に冷たくなった身体が転がっている。
死因は出血多量によるショック死。銃器で殺されたんじゃない。
ナイフか何かで頚動脈を切られている。当りに争った形跡も無し。
つまり敵はこの二人に気づかれることなく接近して仕事をした訳だ。
 まだ、あかりの目は生きているかの様に何かを見ている。
 あかりの目蓋をそっと閉じた。
 気がつくともうあたし一人。正直、しんどいなあ。こちらは3人減らされた。
 かなり不利ね。

 志保ちゃん、ピ〜ンチ?


――・・――・・――・・――・・――・・――


 声がする。

「―長岡志保、発見。これより排除します―」
「OK、じゃ俺が追い立てるから気をつけろよ」
「―はい―」
「志保、もうすぐ、だ。もうすぐ決着が付く」

 声の主は藤田浩之だった……


――・・――・・――・・――・・――・・――


「さて、そろそろ行きますか」

 いつまでもじっとしてられない。あまり動き回るのは得策では無いけども。
一人では待ち伏せしても効果が少ない。何とかして敵より早く発見しないと。
ブナの大樹から離れる。

 ゾクッ

 急な寒気――殺気? 何処? カンを頼りにあたしは走り出した!

 バス! バス!

 あたしを追い立てるかの様に銃痕が付いて来る。やば!
 走りながらだから狙いも何も有った物じゃないけど、MP5を撃つ。

 パパパパ!

 銃口が跳ね上がるのを押さえながら。正直、牽制程度しか役にはたたないだろう。
だが、何もしないよりマシ。銃を使ってるという事はあかりを殺したのとはまた別?


――・・――・・――・・――・・――・・――


「撒けたの?」

 しばらく銃声が途絶えた。あたしを見失った?

 チク!

 首筋に――殺気――を感じた。MP5を楯にするようして横へダイブ!

 キイン! ザクッ!

 MP5が飛ばされた! 目の前に広がる緋色の髪と銀色の光。二の腕に広がる痛み。
こいつがあかり達を!
 木の枝に足を掛けてぶらさがって攻撃して来た!
 とっさの反応。でもMP5が飛ばされた事が痛い。
 あたしがCZを抜くよりも敵の攻撃が速い! 銀色の光が私に向かって

――間に合わない――

 ザシュッ!

 パパパ!
 パン! パン!




 ポタ! ポタ!

 血が滴り落ちる。あたしの頬から流れ落ちる血。そして緋色の髪をした少女からも。
 少女のコンバットナイフはあたしの頬を掠めていた。
 代わりにあたしのCZが彼女の顔に穴を穿っていた。

 ――あそこでMP5が暴発していなかったら。
 ――少女のぶらさがっていた枝を撃っていなかったら。

 あたしが代わりに殺られていただろう。運が良かったとしか言い表せない。
 とにかく九死に一生を得た訳だ。

 つう。利き腕じゃないからまだマシだけど、左腕をやられたのは痛い。
これではMP5の跳ね上がる銃口を押さえる事ができない。
まだ、敵は一人はいるはず。
 この少女は銃器を持っていない。まだ、銃を持った敵がいる。
 とりあえず左腕の出血と頬の傷をふさいでおく。どこかでちゃんと治療しないと。
 MP5は――もう駄目ね。敵のナイフで飛ばされたショックと暴発で銃身に狂いが
生じてる。こんなの使っていたら何時暴発するか解った物じゃない。

「後、一人……かしら」

 さて、とりあえず此処から離れないと……思ったけど、行動はできなかった。

 後ろから抱きすくめられた。敵? でもこの感触は感じた事が有る。
 ――あたしはこの暖かさを感じた事が有る。
 あたしは口に手が添えられていて声が出せない。

「さよなら、志保」

 聞き覚えが有る声。
 耳になじんだ声。
 愛しい人の声。
 今や敵同士となった声。
――ヒロ?

 最後に見えたのはあたしの左胸に突き刺さった鈍い銀色の光だった……



続く


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