お題 “志保”
Sidestory of "To Heart"
 

「何年経っても輝いていたい」


Written by 久々野彰





 あたしは今、密林を掻き分け掻き分け歩いている。
 密林と言っても、都内から電車で数十分と離れていない山の中腹でしかないのだけ
れど。


 ここに、野生の胡蝶蘭が咲いているという。
 その胡蝶蘭を見つけて願いを言うと、叶うと言うのだ。


 平凡のようで、ちょっとなかなか発想として思い付かないような設定だ。
 今まで聞いたことのある、言い伝え、噂、その手の話の中でもちょっと異色だ。
 尋常じゃない点をいくつか上げればキリがないが、一応、この噂も他の同様な噂と
似たように何処からかこっそりと学校中に広まった。



 出来なく無さそうで、かと言って簡単に出来そうもないこと。



 だからこそ信憑性があるとも考えられた。
 そして、その困難さから、誰一人捜すどころか、その山にさえ踏み入らない。
 第一、面倒臭い。そして実際に特別な行事でもない限り、山に立ち入ろうなどと考
える女子高生など、いるだろうか。
 それでこそ、胡散臭くもあった。
 この手の話には必ずある其処の誰が試して、上手くいったというような話が付属し
ていなかったのである。
 無論、一番最初の成功者みたいな話はあるのだが、その人間が偶然その花を見つけ
たとして、それに「お願い」をしようとする発想の理由付けがなかったからである。



 そんな訳で実際の処、あたし、長岡志保も、その噂の殆どを信じてはいなかった。
 ただ、話のネタであることは間違いなかった。
 志保ちゃんニュースにとって話がワンパターンだったり、ありきたりな話でないの
なら取り上げる必要性と義務がある。
 真偽は兎も角、そういう話が噂として広まっていることで十分なのだ。



 まず、あかりに話し、そこに通りかかったヒロと雅史を巻き込んだ。
 こういう話をする時は、あたしの独壇場になれる。
 正直、気分がいい。



 だが、その爽快さをぶち壊す男が一人いる。
 ヒロ――藤田浩之。
 あたしとは腐れ縁だ。



 …ねぇねぇねぇ、聞いてよ。あのさぁ、



 この時も、ヒロはいかにも馬鹿にしくさった顔をして、


「ばぁーか。んなものあるわけねーだろ。胡蝶蘭だぁ? んなの簡単に見つかるなら
馬鹿高い値段付けて売ったりしねーだろーが」



 と、一蹴する。



 …んなの見てみなくちゃわからないじゃないっ!!



「大体だなぁ、高校生にもなって、小中学生じみた真似いつまでもしてるんじゃねー
よ。いい加減大人になれ」


 いつもの通りの、口げんか。
 大したことではない。
 今日に始まったことではない。


 ただ、



 ただ、何となくいつもより余計に逆らったら、引っ込みがつかない格好になった。


 その週の日曜日、つまり今日が暇だったのも災いした。
 売り言葉に買い言葉。
 それこそ、小学生じみた言い争いでムキになったあたしらは、それぞれ引かずにこ
んなハメになっていた。



 そう、今日、あたしは一人でその胡蝶蘭とやらを探索に来ていた。



 見つけたらあたしの勝ち。
 見つけられなかったらヒロの勝ち。
 願いがどうとまでは賭けなかった。
 無駄だからだ。



「だったら採ってこいよ。その『願いの叶う胡蝶蘭』とやらをよっ!!」
「ええ、取ってきてあげるわよ。その時はあんた、あたしに土下座して謝りなさいよ
っ!!」



 どうしてそんな事になったのかも今、考えると馬鹿馬鹿しいほどだ。
 馬鹿馬鹿しい故に、中途半端な「この辺まではありそう」な所を徘徊する。
 山に迷ったとも言えなくも無いが、これは意識してのことだ。
 通常のハイキングコースから大きく外れていかないと見つけることなど、出来るは
ずが無い。
 漠然とだが、そう思っていた。



「あった!!」



 自分でも徒労に終わることを初めから覚悟していたクセに、探し出してみると何か
見つかりそうな気がしていた。
 だが、思うだけでは見つかるものではない。


 漠然と始める捜し物など、まず、見つからないのが普通なのだ。
 すぐ近くで落としたはずのコンタクトでさえ、見つけられる可能性は半分ぐらいな
のだから、それ以上の難易度の確率である捜し物なんど、見つかるはずはないのだ。
 第一、コンタクトでも「ここいらへんに」ぐらいの目安がある。自分が落とした以
上、想像もできないほどの遠くにはいかない。
 だが、自分が落としたものですらない。ただ、「あるらしい」と言われているだけ
だ。それだけで、こうして捜すなど、他人がやっていたら、きっと自分自身、笑い飛
ばしてしまうだろう。
 そんな事を、この自分がやっているなんて、馬鹿馬鹿しい。
 本当に、馬鹿馬鹿しい。




 …でも、元々蘭って岩場に咲いているものだって何かで読んだことあるよ・・・。




 一縷の希望と言えば聞こえがいいが、ヒロと言い争いをしていた時に口を挟んだ雅
史の言葉を思い出していたのが正解だった。
 岩肌がむき出しになった岩場を見つけ、その淵沿いに歩きながら下を向いていたら
、いくつかの野草の中からそれらしき花を発見したのだ。
 詳しくないので、もしかしたらその花は蘭ではないのかも知れないが、こんな所に
咲いている花だ。蘭ということで手を打っておかないといけない気がした。
 よく調べて違ったとして、改めて探す気にはまずなれない。



 見つけた胡蝶蘭は、綺麗だった。
 環境のせいか、元気がなさそうに萎れかかっていたが、それでも綺麗だった。



「えっと・・・折角見つけたんだから・・・」


 何か、お願いをしておいた方がいいだろう。
 叶う、叶わないではない。
 こういうのは神社仏閣と同じだ。
 押さえられるなら、押さえておいたほうがいい。
 願いが叶ったところで感謝する訳でもないけれど。



「えっと・・・んーと・・・」



 願いのことまでは考えていなかったので、花を前に逡巡してしまう。


 …ジャーナリストの夢が叶いますように・・・。


 違う気がする。
 願い事の種類に合わない気がした。
 別に、「夢は自分で掴むもの」とか考えたわけでなく、状況に似合ってない気がし
て止めた。


 …赤点取らないで済みますように・・・。


 うぅ〜ん。
 何か願い事にしては面白くない気がする。
 現実的ではあるが。



 もっと『花に願う』という行為に相応しそうな願いってないかと考える。



 …あかりが上手く行きますように・・・。


 何も、そこまですることはない。
 親友だが、何か性に合わない。



「何かいいのないかしらね・・・」



 結局、何を願うのか・・・一時間近くも考えてしまった。



・
・
・



「だから似たような景色じゃわかるわけないじゃにのよっ! 不親切なんだから!」



 帰り道は既に行きよりも余計に時間をかけていた。
 と、言うより迷っていた。
 どうも認めると。



「看板のひとつぐらい立ててあればこんな思いをしないで済むのにっ!!」


 自分から道無き道に逸れていった事は心の底では覚えているが、意識したくなくて
こうして忘れた振りをしていた。
 そして、八つ当たりをする。


「元も御、こうなったのも、全てはあいつのせいよっ!! あいつさえ、素直に信じ
ていればここまでしなかったんだからっ!!」


 間違ってない。
 多分、そう思う。
 思うことにする。


「大体、ヒロはあれよ・・・ほら、創造性ってものが欠けてるのよ。醒めた目しちゃ
ってさ・・・これはもうヤックのダブル照り焼きバーガーセットじゃ済まないわよ」


 悪口を言うことで元気付ける。


「はぁ・・・」


 だが、現状に代わりはない。
 大きく息を吐いてその場に座り込む。


「お腹減ったわねぇ・・・」


 スカートのポケットを探ってみる。
 PHS、ペンライト、ヤックの割引券、コンビニのレシート、そして何か細々した
メモが書き付けられた紙。


「ん・・・?」


 その紙を開いてみる。
 そこそこ前の物らしく、よれよれになっていた。



『ヒロが保科智子の脳天にチョップをくらわせたらしい』



 と、書いてあった。
 メモ帳が無かった時、書き付けて置いたものみたいだった。



「ぷっ・・・くくっ」



 思わず笑いが零れる。
 別に何て事はない。
 ただの、聞いたままのことだ。
 自分では見ていない、見た人から聞いたと言う知人の話だ。


「ああ・・・本人にぶつけてみようって、思ってたのよねぇ・・・」


 それを熱心に書き付けてある。
 何か、可笑しい。


 可笑しいついでに自分の持っているメモ帳を開く。
 スケジュール表よりも、ネタ帳に近い。


 日頃、何かあれば取り敢えず書き付ける為に買ったんものだ。
 勿論、これはもう何冊目なのだが。
 その初めの方を適当に開いてみる。


『海原先生と山岡先生は昔ホモだったらしい』
『矢島は飼い犬に手を噛まれた』
『橋本の野郎、一年生女子を泣かす』


 周囲に広めた話。
 調査して膨らませた話。
 飽きてそのまま忘れていた話。


 色々、書いてあった。
 橋本の所には赤ボールペンで、要調査と丸が入っていた。


「そうそう・・・」


 この時、実は相手は例の超能力少女で、それも一方的に泣いて逃げたらしいのだが
、敢えてそこを黙殺して色々吹聴した記憶がある。
 字を指でなぞるように、思い出す。


 何か、懐かしい。


 これが今の自分で、暫くは続いて行くはずの自分だ。
 ゴシップ好きと言われれば言われるほど、ムキになってそれに張り付いてた。
 勿論、好きではあったけれど・・・。



「ま、それに気付けって方が無理よね・・・」


 今のライフスタイルに、理由があるとは思うまい。
 あたしが変わったことも気付かない。
 あたし自身、どれほど判っているか疑問だ。


「仕方ないわね・・・このままじゃ埒明かないし・・・」


 あたしは意を決して立ち上がる。
 そして、おもむろに茂みを掻き分け、再び歩み出す。


「あ・・・」


 すぐに林道に出た。
 そんなものだ。



・
・
・


「ほらほらほら、見なさいよ、これ!」
「何だよ・・・オメー本当に行ったのかよ。ご苦労だな・・・」


 あたしはあの日の収穫を見せつける。
 勿論、馬鹿にしくさった顔をして対応をしてくるヒロ。



 …まぁ・・・いいんだけどね・・・。




「・・・で、志保は何をお願いしたの?」


 あかりはそんなあたし達の横で聞いてきた。


「え、えぇっと・・・」

「けっ、どーせ赤点でも取らねーよーにって・・・」
「何よっ!! 誰かさんと違ってね・・・」




 あたしの願いは・・・



                           <完>





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