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	 巻き上げレバーに指をかける。
	 ちりちり……とかすかな音。
	 パトローネから引き出されたフイルムが少しずつ巻き上げられている。
	 指を離すと、レバーはかしゃん、と瞬時に元の位置に戻った。
	 金属のこすれあう、おそろしく几帳面な手応え。
	 これで、一枚め。





「車の運転、出来ないノ?」
「うん」

 日本にいるあいだ、私は免許を取っていなかった。勉強で忙しかったってのもあるし、
車のことにはしばらく触れたくなかった。

 ――あいつ、なんであの時本屋にいたんだろう?
 真っ赤なフラーリ。あの車の写真見るたびに、そんなことばっかり思い出して、悶々と
してた。バカみたい。

「でもシホ、車が使えないとこの辺じゃ何にもできないワヨ?」
「レミィは乗れるの?」

 頭を掻いてエヘヘ、と笑った。

「免許はあるの。でも、まだちょっと不安デス……。
 あ、でもスーパーマーケットに行って帰ってくるくらいなら平気だよ!」
 いまから買い物に行くんだけど、良かったらシホもどう?」
「ん、御一緒するわ」





 で、ご一緒はいいけど。

「うわー……」

 街灯がぶんぶん音を立てて飛び去っていく。
 そうかと思うと、対向車が矢のように左側をふっ飛んでいった。

「ここって一般道よね……」

 私は助手席でちぢこまりながら、脂汗を流しっ放しだった。
 ドライバーズシートには、ハイウェイスターなんか口ずさみながらハンドルを握るレミ
ィ。
 運転苦手なんて言っといて、変に楽しそうだ。レミィって基本的に何してても楽しそう
なのよねえ、羨ましいこと。
 一方私は命の危機を感じまくっていた。
 あのレミィがハンドル握る、というのがどういうことか深く考えなかったのは失敗だっ
た。
 しかも、さっきからとんでもないスピードで飛ばしてるし。
 やたらだだっ広くて車の少ない道路だからいいものの、これが日本並みの狭くて渋滞す
るような道だったら10回は事故ってるに違いない。

「あんたこれ何キロ出てんのよ?」

 メーターを横からのぞきこむ。
 ……単位がマイルだった。
 わ、わかるかー!

「OKOK、問題アリマセーン」
「あんた人の命あずかってるってことを考えなさいよ! 自分が事故って死ぬのは勝手だ
けど、あたしゃまだ死にたくないわよぉ」
「あずかるってシホの命? じゃ、お返ししマス!」
「そう言うことは無事に着いてから言え! つーかよそ見すんなあぁ!」
「都会のジャングル……ドライバーはさながらそこをゆくハンター……ハンティングに危
険は付き物デース」

 レミィ、なんだか目の色が違う……これってまさか、ハンターモード的な……。

「ふふふ……命が惜しかったら運転覚えるデース!」

 がんっっ
 親の仇のようにアクセル踏み込み、ガツンと加速する。
 どさっと体がシートに押しつけられた。

「いっやああああああああ!!」





 ……一応、スーパーマーケットには無事について、無事に帰ってきた。
 でも、もうへろへろになってて何買ってきたんだか覚えてない。
 帰って荷物を開けると、ディズニーキャラのペッツが十本転がり出てきた。
 な、なんでこんなモノ買ったのやら……。

「ま、とにかく」

 自分で運転できるようになんなきゃ、マジで命が危ないわ。

 ふうっと溜め息をつく。
 覚えなきゃならないこと、まだたくさんある。
 なんか肩が重かった。








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