こくり。 小さくだけど、あたしはうなずいた。ほんとの事を言って欲しい、そんなあかりの気持ちが、すごく伝わって来た。 その気持ちが、あたしを素直にさせる。 あたしはあいつが、浩之が好きなんだ。 どこがって言われてもうまく言えない。あたしの馬鹿話にいっつも振り回されてるのに、それでも毎回つきあって くれるとこ。遠慮のないぶつかりあいのできる雰囲気。何気ない優しさ。そんな色々なとこ全部。 …でも。 「志保、私に遠慮してその気持ちを押し込めてしまおうとしてるのなら、それは、私にとっても嬉しくないよ」 「…だって、あんた、ずっと想い続けてきたんじゃない。それこそ幼い頃からずっと一緒で。今でも毎朝起こしに 行く程熱心で。そんなあかりに辛い顔はさせたくないもの。…他の何よりも、それだけはあんたから奪う訳には いかないって、そう思ってるから…」 「…志保…。…でも、それで諦められるの?」 「諦めようと思ってる。あたし一人が傷ついてすむのなら、安いもんじゃない。…大好きな、あかりのためだもの」 あかりの悲しむ顔は、見たくないもの…。 「私もそうだよ。私だって、志保のこと、大好きなんだから」 そういう答えが返ってくるのは分かってた。あかりはこういったことで自分を抑えちゃう子だから。だから、この 気持ち、知られたくなかった。 「…そうだと思った。あんただってあたしに、遠慮してるじゃない…」 「志保…。あなた、一つ大事な事忘れてる。…浩之ちゃんの気持ち」 「あいつは、あかりの事が好きよ。見てて分かるもの。本当に大事な時は、いつもあんたを守ってる。あんたのこと、 大事にしてる」 「…ううん、違うわ」 え? 何が違うの…? 「浩之ちゃんは、いつもみんなの事大事にしてるよ。私だけ特別に見えるのなら、それはただ単に付き合いが長いせい」 「そんなことないわよ。はたからみてるとわかるわ。ほんとにあかりのこと…」 「そう? …でもね。今、浩之ちゃんが気にしてる女の子は、あなただよ、志保」 何故か体中に風を感じる。頭の中で何かが暴れてる。 「…え? そんなはず、無いわよ。…だって、あいつあたしに会ってもいつもどおりで…。何も、変わった様子なんか…」 あかりの言葉にすっと頭が活動を止めてしまったかのように感じる。 あいつが、あたしのことを…? 大分傾いた夕日が雲に隠れて、辺りの影を曖昧にする。現実感が薄くなっていく。言葉が頭の中で回ってる。でも それは嫌な感じじゃない。ただ、それを受け入れるのには急すぎる言葉。 そんなあたしをみて、あかりはくすっと笑った。…少し寂しそうな笑顔。 「いつもどおり? そんなことないよ。志保に対する目が、優しくなってる。志保といる時、いつもより嬉しそうに なってる。…私が言うんだもん。間違い、ないよ…」 ずっと一緒にいる、私が…。そんな言葉が聞こえた気がした。 「だから私、志保に譲ることができる。…これまでの想いも含めて全部。…でも、もしも浩之ちゃんの気持ち、志保が 分かってなくて、浩之ちゃんへの想いを捨てようとしてたのなら…。それは間違いだよ」 「そんな…こと…」 そんなことが許されるのだろうか? 昔から好きだった子の想いを踏みにじってまで、その相手と結ばれるなんてことが? 「だ、ダメよあかり。あんた、またいつもみたいに一歩引いちゃって…」 「違うわ」 悲しげな声で、あかりはあたしの声を遮った。 「違う。私は引いてなんかいないの」 あかりの背後で夕日が雲間から姿を現した。シルエットになってあかりの顔が見えない。 「私、浩之ちゃんについて行きたかったから、ついて行ってた。ストレートが良いって言うから、髪を解いて、癖が とれなかったとこは切った。控え目な子を気にする人だったから、ずっと控え目にしてた。…ほんとは全然控え目な んかじゃないよ。そうしたかったから、そうすることで浩之ちゃんが構ってくれるから、そうしてたんだ」 あかりが、すっと横を向いた。それで、あかりの横顔が見えるようになる。 「今回だって、もしも浩之ちゃんが志保のこと想ってるのでなかったら、こんなこと言わなかった。多分、黙ってて、 志保が離れていくのをじっと見ていたかも知れない。」 「………。」 「そう、志保のことなんか話題にも出さないで、何も知らない顔してる。…ほんとは、とっくに志保の気持ち、知ってた のに…」 それが…普通じゃないだろうか。好きな人が離れていくかも知れない言葉なんて、口にしたくはない…。 「志保は、そんなことしなかったのにね…」 「あ、あたしは!」 あたしは、自分の想いじゃあ、あなたの想いに勝てないと思ったから。あたしみたいなやつより、あかりのほうが あいつに似合ってるって思ったから。…こんな自分が選ばれたら、あかりとまともに顔も会わせられないから。だから、 自分でも知らないうちに、自分の気持ちから目を背けてた。 つまりは自信が無かったんだ。あいつの、浩之のことを好きな気持ちがあかりより大きいって自信が。あかりよりも 好かれるような自分であるっていう自信が。…今だって無い。 「でも、浩之ちゃんが志保を好きだから。それだったら私は志保に想いを譲れる。大好きな、浩之ちゃんの選んだ相手。 それが、大好きな、志保だったからこそ…」 あかりの横顔から雫が落ちる。一粒、二粒と足元に染み込んでゆく。 「だから、逃げないで。ここであなたがまた想いを隠してしまったら、私はまた決心が鈍ってしまう。あなたと浩之 ちゃんの気持を、押し潰してしまう。私の心が、あなたたちを…裏切ってしまう」 背後で店の灯がともった。シルエットだったあかりの顔がはっきり見える。沈みかけの真っ赤な太陽を背景にして、 涙を隠そうともせずに立つあかり。今、その目はあたしを見つめている。濡れたその瞳は、微かに笑っていた…。
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