ああ。そうだ。あかりは、強かったんだ。好きな人の気持ちが自分に向くように、一生懸命でいられるほど。
でも、その気持ちが最後に自分に向いていないと知って、それを耐えるには、その相手のことも好きだったと
いうことを精いっぱい、前向きに受け止めるしかなくて。その相手を鉾先にすることは、好きな人も、自分も
傷つけることにしかならないと知ってて。そんなことはしたくなくて。泣きたくなくて。みんなが笑っててくれる
なら、自分もなんとか笑っていられて。そんなことができるくらいには強くて。
あたしは笑っていられるつもりだった。その強さがあると思ってた。でも、多分あたしは二人を見ていられない。
あたしは一生懸命になってないから。あかりはあたしよりも強い。でもぎりぎりの、今にも抑えてるものが溢れ
そうな強さ。
だから、あたしが逃げてしまえば、あかりも逃げてしまう。形だけのはずの希望にすがる道に。あかりにとって
確信の、あいつの心が、自分を向いていないこと。それが間違いかもしれないという希望。逃げ込みたいけど、
逃げ込みたくない所。

「あたし、あんたにだけはそんな顔させたくないって思ってたのに、ね」
最低だな、あたし。なんとなくそんな言葉が出る。
「そんな顔するのはあたし独りで充分だって、そう思ってたのに。結局、あんたに一番辛い顔をさせてるもの」
目の縁が熱い。頬の辺りが震えそうだ。普段のあたしなら、どっかに逃げてる。
「志保…」
「あいつのこと、友達としてとらえるのに無理が出てたんだと思う。苦しかったし、理由が見えないまま悩んで
た。でも」
あたし、もう鼻声になってる。多分くしゃくしゃな顔してる。でも、あたしはあかりをまっすぐ見つめた。
精いっぱい、泣き顔を隠して。
「馬鹿だった。あたし。あかりの方がもっと悩んだわよね。もっと苦しんでたはずなんだから。あいつのことで
あんたより苦しくなる奴、いるはずないんだから。あたしの選ぼうとしてた道は、みんなを傷つけるだけだったん
だから。それを止めることまであんたにさせちゃって。…何がしたかったのよ、あたし! そこまであんたに気に
かけてもらって、そのあんたのことを分かってなかった! 今日までにあんたが散々悩んでたはずなのに、自分の
ことで一杯で、かけらも気付かなかった! …よくもまあ友達想いなことだわ!」
口にする毎に自分が情けなくなってく。さっきまでのうれしさ、あかりのあたしへの想い。それを思い出すたびに、
それに応えれなかった自分が恨めしい。

「志保…お願い、泣かないでよ…。私まで、泣いちゃいそうだから…っ…」
「あかり…だって…えっ…もう泣いてるじゃないっ…」
あたし達は向き合ったまま、声を殺して涙を手で拭ってた。…だめ。もう声を抑えられない。ここで泣いちゃ
いけないのに。今泣いちゃったら、あかりも、涙を抑えられないのに。
「…志保ぉ…」
「あ、あかり…」
でも、泣き出したのはあかりが先だった。あたしに飛びついて、あたしの頭を抱えるようにして泣いた。耐えられ
ずにあたしも泣いた。同じように、あかりの頭を抱きしめながら。お互いの泣き声を、お互いに抱き止めるように。
まだ夕方だ。人気も沢山ある。泣きながら抱き合う女子校生二人の姿は、さぞ目立つことだろう。もしかしたら
クラスメイトも通りがかるかも知れない。…でも、あたしにもあかりにも、今そんなことを気にする余裕はなかった。


「ごめんね…あかり。全部…、あたしのせいなのに」
少しだけ落ち着いて、近くの公園まで歩きながらあたしは謝ってた。そろそろ街灯がつき始めてる。この時間なら
もう公園に人はいないはず。
「ううん。それも違うよ」
でもあかりはその謝罪も受け取ってくれない。
「私、考えたの。あたしの事が無ければ、二人は何の問題もなく、付き合う事ができてたんじゃないか、って」
「そんな! それは絶対間違ってる!」
あかりはずっと居たんだから。…あたしは後から出た邪魔者だったかもしれないけど。
「…うん。そうだね。誰かが居なかったら、なんて、言ったって意味無いもの」
あかりはそんなあたしの考えを見通してるかのように先回りしてく。あたしの自傷的な考えを否定してくれる。
「でも、ちゃんと浩之ちゃんの気持ちを知った日、私の考えは止まらなかった。…ショックで。許せなくて。無かっ
た事にしたいと思ったよ。…私自身の事を。…私は二人の邪魔してるだけなんだって」
「違う! 邪魔してるのはあたしの…」
「でもね。浩之ちゃんを好きな自分は、まだ確かに存在してた。諦める、とかそういうことは出来るかどうか分から
ないけど、この気持ちは大事にしていきたいと思ったの。…消しちゃって良いものには思えないから」
そこであかりはあたしをじっと見つめる。
「その気持ちは、好きだって気持ちは、大事にしなくちゃいけないもの」
「あ…」
あかりは、あたしの気持ちの事を言ってるんだ。ううん。もしかしたらあいつの気持ちも。
「だからね。好きになった気持ちを、好きな人にも大事にして欲しかった。そして、その気持ちが出来たのは、誰の
せいでもないんだから」
だから、と付け加える。
「良いもいけないもない。好きな気持ちは、誰に対しても自分で傷つける必要はないんだ」
何かが救われたような気がした。それが何かは分からないけど、また涙が出そうになってく。
「ごめん。…ううん、ありがと、あかり」
「うん。…これは自分への言葉でもあるから。だから、二度と迷子にならずに浩之ちゃんの方を向いてね」
そうだね。あかりが全てを諦める必要はないもの。今、あたしが譲られた道、あかりだって同じ道を歩いてる。道を
譲るってのは、道を進む気が無くなった訳じゃないんだから。
「そっか。…じゃあ、あたし、歩くね。ちゃんと前に向かって。歩かなきゃいけないもんね」
「ふふ、そうだよ。もう二度と、進む事から逃げちゃ駄目なんだから。…あんまり間違えた道を選ぶようだったら、
私、今度は道を譲らないかも知れないよ?」
道は、誰かがゴールについてしまえばもう通れなくなる。あたしがゴールにたどり着けたなら、その時あかりはどう
するのだろう? そして、その逆は?
けれど、道が無くなってからのことは、その時にならないと分からない。そのことを考えるより、今道を進んでいる
自分を考えるべきだ。
とにかく今は前に進もう。大事な親友を裏切るのは、親友と同じ道を歩いてしまう事ではなく、その道を自ら踏み
外してしまう事だと分かったから。それは親友も道の果ても侮辱することになってしまうから。そしてその親友は、
前を向く勇気を、道を歩く元気をくれたのだから…。







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