お題 “楓ちゃん”
SideStory of Kizuato
 

「耕一と楓」


Written by 血笑







 柏木耕一は家への帰路を急いでいた。家といってもアパートではなく。
 自分の愛する妹達の家にである。

『待ってろ梓、楓ちゃん、初音ちゃん』

 何度も通った帰路をひた走る。大学も長い休暇となり、いつ実家に帰ろうかと思ってい
た耕一に電話がかかってきたのは突然であった。

『耕一・・・助けて・・・』

 梓からの、それがやっとといった感じの言葉。苦しくも話してくれた内容では4姉妹共
突然の高熱に見舞われて寝ているのだそうだ。医者に聞いても原因はわからず、その中
でも一番軽症と思われる長女千鶴が作る食事の為に柏木家はかなりの危機にさらされて
いるとのことだった。
『ただいま〜』
 馬鹿でかくそびえ建つ門構えを抜け、りっぱな庭園を抜けて玄関まで着く。久しぶりに
来るとまるで知らない人の家に勝手に上がろうとしているように思えた。
 履いていた雪駄を脱ぎ捨て板張りの廊下を歩く。その廊下はしばらく人が通った気配が
しない。やっと居間についた。
 しばらくぶりだったがそこには耕一の記憶にあった居間ではなくなっていた。まず、一
番はじめに気が付いたのは食事をする時に使っていたテーブルがなくなっていた。いつも
見ていたテレビもない。

『どうなったんだ・・・』
 驚きを隠せない耕一。とりあえず姉妹のいると思われる部屋に向かう。まずは帰って来
たと言うことも兼ねて家主千鶴の部屋のドアをノックする。

コンコンコン

『千鶴さん』
 返事がない。もう一度ノックしようとした時、隣の部屋のドアが開いた。
『こ・・こういち?』
『あ、あずさか?』
 いつも元気だった梓は起き上がるのがやっとといった感じでドアにもたれ掛かっている。
 耕一はその梓を支えてやると一緒に部屋の中に入った。

『汚れたな・・・』
『ふふふ・・・千鶴姉が・・・ね』
 言ってぐらりとふらつく。その梓をベッドに寝かした。
『千鶴さんは?』
『部屋にいなかった?』
『いや、いなかったぞ』
『そ、そそそそそれじゃ』
 梓の顔が突然青くなる。そして何かに怯えるかのように布団を深くかぶる。
『どうした?』
『多分、キッチンだよ』
 布団の中から声が聞こえる。
『なに?キッチン?』
『うん』
 梓はそれ以上は何もいってくれないので仕方なく耕一は立ちあがると台所を目指した。


『なんの匂いだ?』
 そう、なんとも言えない異臭が漂っていた。それは居間を横切った時は気がつかなかっ
たがキッチンに近づくに比例して匂いはより確かなものになってきている。
『千鶴さ〜ん』
 キッチンへと続く廊下には梓が書いたと思われる張り紙が張ってあった。


「近寄るな、なにもするな、年…………

『…』
 そこから先はなにか鋭利な刃物で引き裂かれたかのようになっておりなんと書いてある
かわからなかった。
 が、耕一にはなんとなくわかった。おそらく千鶴さんの怒りを買うようなことを書いた
のだろう。
 どうしようかと思ったが千鶴に会わなければなにもわからないので耕一は意を決して入
ろうとした。

 その時
『あら、耕一さんですか?』
『!?』
 後ろを振り向くとそこには柏木千鶴の姿があった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『それでみんなどうなったんですか?』
 居間にて二人話す。テーブルがないので二人向かい合って座布団に座っている。

『それが私にもわからなくて・・・』
『梓には会いましたけど楓ちゃんや初音ちゃんは?』
『初音は時々起きてくる時があるんですが・・・』
 言って悲しい顔をする。気のせいか随分と痩せた気がする。

『楓ちゃんは?』
『楓が寝こんだのは4日程前で最初に倒れたんです』
『倒れた?』
『はい』

 倒れただって?
 おいおい大丈夫なのか楓ちゃんは

『それで大丈夫なんですか?』
『お医者さんの言うには食事も取らないのですがまったく命には別状がないそうです』
『なにも食べないで4日間?』
『はい』

 なんてこった…
 楓ちゃん

『あの、耕一さん』
 その時黙っていた耕一に千鶴が声をかけた。なにか言いにくそうに口を開く。

『実は…ちょっと…』
『どうしたんですか?』
『命には別状はないのですが・・』 
『え?』
『おかしなことがあるんです』
『おかしなこと?』
『はい』
 言ってじっと耕一の目を見る。タレ目がちな千鶴の目がキッと耕一の瞳を捕らえる。

『な、なんですか千鶴さん』
『楓だけではないのですが・・・』
『?』
『私は直りましたが熱が出ている間は鬼化してしまうことがあるんです』
『鬼化ですか?』
 それは耕一にとって意外な言葉だった。

 鬼化だって?そりゃ確かに柏木姉妹には鬼の血が流れているけど…


『はい。困ったことに制御できずに突然…なんです』
『それで・・その後は?』
『鬼化はずっと続くわけではないく、時間が経つと変身は解けます』

『鬼化してしまう以外は大丈夫なんですか?』
『これと言ってないのですが・・・』
 言って千鶴は視線を下に落とした。そして小さな声で話し出した。

『昔の・・・記憶を思い出すんです』
『昔?』
『はい。私の時は・・・思い出す程のことでもなかったんですが』
『記憶を・・・』
『梓もそれ程思い出すことはないらしいのですが』
『梓も?』
『はい』
 
 何か発熱したのと関係があるのだろうか

『ですが』
 千鶴の顔には言いようのない不安の色が浮かんでいた。

『なんですか?』
『初音と楓は違うんです』
『違う?』

『初音が言うにはそこが現実なのかわからなくなると…』
『初音ちゃんが・・・』
『起きても自分が柏木初音なのかわからないことがあるそうなんです』
『自分が初音じゃない?』
『どうも、夢の中の自分が強く支配するそうで…起きてからしばらくは自分が初音なのか
それとも夢の中の自分なのか区別がつかないそうです』
 真剣にしゃべる千鶴。嘘を言ってるようには思えない。

『そして…楓なんですが』
『楓ちゃんは?』
『楓は相変わらず起きることなくベッドで寝ているのですが…』
 そこで話が途切れた。
『どうしたんです千鶴さん?』
『楓は…ずっと耕一さんの名前を呼んでいるんです』
『え、楓ちゃんが?』
『はい。寝言だとは思うのですが。それに…わかるんです』
『なにがです?』
 しかし、耕一の問いに千鶴が出した答えは沈黙だった。

『千鶴さん?』
『初音と楓に会ってあげてください』
 それっきり言葉が途切れる。しばらく考えていた耕一だったが立ちあがった。

『わかりました。そうします』
『あの子達を・・・お願いします』
 耕一は千鶴と別れるとまずは初音の部屋に向かった。

部屋をノックする

『初音ちゃん入るよ』
 入るとベッドに眠る初音ちゃんの姿があった。しかし、ベッドが変なふうにきしんでい
た。初音ちゃんが眠っている辺りの下がへこんでいるのだ。明らかに鬼化による体重膨張
である。しかし、耕一はそのことよりも気になることがあった。

『なんだ・・・これは・・?』
 入った時から違和感があった。なにか体の内なるモノが起きあがるような・・・そんな
感じだ。

『初音ちゃん・・・』
 近づこうとした時だった。突然なにか音にならない音と共にベッドのきしむ音が止んだ。
同時に目を開いた初音が耕一の方を見る。

『初音ちゃん?』
『お兄ちゃん?』

 同時に言葉が出る。最初初音は嬉しい顔を見せたが次には

『ごめんお兄ちゃん出ていってくれる?』
 と口を開いた。

『出ていけって?』
『・・・・』
『どうしたんだ初音ちゃん』
『・・ちょっと疲れたの・・眠いの・』
 言って布団を深くかぶる初音。しかし、耕一には自分の顔を見せまいとしての行動にし
か見えなかった。

『初音ちゃん?』
『・・・』
 答えまいと必死に布団を掴む手に力が入っているのを見た耕一はそれ以上言うのを止め
た。

『初音ちゃん・・それじゃ・・また後でね』
 ドアを開けて耕一が出ていく。
 そしてバタンという音とともに扉は閉められた。

 そのあいだ初音は布団の中で泣いていた。
  なぜ泣いてるのかはわからない。ホントは耕一に会えて嬉しいはずなのに、だ。
 でもなぜか・・・初音の内なるモノが耕一と会うことを避けていた。

 最近見る夢・・・に関係あるのだろうか?

 初音はなぜ泣いたかはわからない涙を拭くともう一度目を閉じた。

 お兄ちゃんが来てくれた
 これで楓お姉ちゃんも元気になるだろう・・・

 ふぅと一息ついたところで初音は自分の考えに疑問を持った。


 なんで・・お兄ちゃんが来たら・・楓お姉ちゃんが元気になるって思ったんだろう・・・・
 きっと熱のせいで頭が混乱してるんだ

 初音は閉じた目で今、隣で楓に会っているだろう耕一の姿を思い描く。
『?』

 なぜだろう・・・耕一兄ちゃんのことを思うと涙が止まらないよ・・・

 訳もわからずに涙を流す初音であった。





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