・・・・・・・・・・・・・・・

 楓の部屋の前にきた耕一。心なしか体が疼く。

『なんだ・・・この感じは・・?』
 初音に会ったときよりもずっと強く感じる。

 何かに突き動かされるように部屋をノックする。いや、ホントならノックすらしたくな
いのだがそこは柏木耕一が押さえた。

 いくらなんでも女の子の部屋に入るのだからな

『楓ちゃん・入るよ』

 ドアを開けて入ろうと足を踏み出した時だった。

『ぐ・・ぐが・・・』

 耕一は突然激しい頭痛に襲われた。頭痛と言うよりはなにか・・脳が膨張して中から破
裂してしまいそうな、そんな感じだ。

『・・・楓ちゃん・』

 頭痛は部屋に入ろうとしたことによって起きたことだった。
 だが耕一には部屋から出ようなどという考えは微塵もなかった。

 痛いと言うよりは熱い・・・なにかが頭で爆発しそうだ

 薄く開いた目で見えた光景にはベッドに眠っているはずの楓はベッドから落ちて床に倒
れていた。

『ううう・・楓ちゃん』
 自分自身ふらつきながらも楓に近づく。

『大丈夫なのか?』

 見れば楓も明らかに鬼化しているのがわかる。体からは青白いオーラのようなものが立
ち上っている。倒れているということは辛いのかと思ったが、覗いた表情にはそんな感じ
はまったく見られなかった。むしろ何か楽しい夢を見ているようなそんな感じがする。

『どうも大丈夫みたいだな』
 耕一は楓が大丈夫なのを確認してからまずは楓が寝ていたベッドの布団を仕直した。そ
して床で寝ている楓を抱きかかえようとしたが・・・

『お・・重いぞ・・・』

 どんなに気合を入れてもどんなに低く構えても楓を持ち上げることはできなかった。

『そうか、よく考えたら楓ちゃんは鬼化してるんだったな』
 ははは・・・と笑ってみたがどうしたらいいか途方にくれた。床に寝ている楓を何とし
ても寝ていたベッドに戻してあげたかった。それが例え鬼化して体重が普段の何倍になっ
ていてもだ。

『う〜む・・・』
 しかしどうすることもできないので耕一はあぐらをかいて座ると曲げた片方の膝に楓の
頭を乗っけた。そしてさらさらとゆれるおかっぱ頭を優しく撫でた。

『楓ちゃん・・・』

 ごめんな楓ちゃん。来るのが少し遅れたみたいだ。

 真っ白な肌。そして木目細やかな日本人形を思わせる黒いおかっぱ頭。そして今だにあ
どけなさを残したかわいい顔。しばらくぶりに会ったが楓は前に耕一が会った楓となんら
変わらないままであった。言うなら少し体がふっくらとしてパジャマ越しに見える膨らみ
が少し大きくなったことであろうか。

 う〜ん。楓ちゃん成長期はまだ過ぎてないからな。梓があれだけあるんだから楓ちゃん
ももう少しは大きくなるのかな。

 そんなことを考えているとやがて楓に変化が訪れた。鬼化が解けたらしく体から発して
いたオーラがなくなり膝に乗っていた楓の頭も心なしか軽くなったような気がする。

『よし、チャンスだ』
 耕一は楓を抱きかかえるとベッドに向かって歩いた。その距離わずか5歩。しかし、な
にかわからない感じが耕一を楓をベッドに寝かせるのを拒んでいた。

『・・・・・』

 なんだ・・この感じ・・・ひどく懐かしい・・でも・・・なぜか・・・悲しい・・?

 突然起こった感情に耕一は涙を流していた。しかし、耕一自身は自分が泣いているのに
気が付いていない。突然起こった感情の爆発に耕一はしばらく動くことができず、考える
こともできなかった。

『エディフェル…』
 耕一の意識の遥か奥に眠っていた記憶とともにつぶやくようにでた言葉。その言葉に反
応するかのように楓が目を開けた。

『楓ちゃん』
『…』
 しかし、その開かれた瞳はひどく濁っているように見えた。焦点の定まっていない灰色
の瞳が耕一を見る。

『楓ちゃん?』
『…』
 楓はなにかに気が付くように耕一の顔を見ると突然、その灰色の瞳から涙がこぼれだし
た。

『かえで…』
『また会えた』
  楓は強く耕一を抱き返した。強く、強く

『どうしたの楓ちゃん?』
『私達はまたこうして会えたのね』
 楓は耕一の言葉に耳を貸そうともせずに独り言をつぶやいていた。そこで耕一は気が付
いた。

 そうか、今ここにいる楓ちゃんは俺が昔愛したと言う

『エディフェル』
『あなた』
 つぶやくようにでた言葉に楓の体の中にいるエディフェルは強く反応した。

『あなたは次郎衛門なのでしょう?』
『…』
『次郎衛門?』
『違うよ』
 耕一はどう答えようか迷ったが、自分の中の次郎衛門がでてこない限りは柏木耕一とし
て話すことにした。

『次郎衛門さんは俺の遥か祖先だよ』
『では、お前は?』
『俺は柏木耕一』
『…』
『そして…』
『?』
『今あなたが支配している体の持ち主の恋人だ』
『この体の…持ち主?』
 楓の体を確かめるように自分の体を触りだすエディフェル。そこでやっと自分の体が違
う事に気が付いた。

『そう、私はやはり…』
 そう言って俯いた楓。いや、エディフェル。しかし、次に上げた顔には満面の笑顔を浮
かべていた。

『でも…私達はこうして一緒になれたのね』
 大粒の涙を流す。しかし悲しいからではない。それが耕一にもわかっていたので耕一は
何もしゃべらずただ先程よりも強く楓を抱きしめた。楓の体に入るエディフェルもそれ以
上は語らず、お互い抱きしめあっていることを確かめるように熱い抱擁を交わした。そし
て、時が止まったかのような時間が過ぎていった。




『…』
『…?』
 どれくらい、そうしていたであろうか。時間など気にならない二人だったが、ふと楓の
体から力が抜けた。同時に耕一の頭にあった疼きも止む。耕一は自分が抱きしめている体
にエディフェルではなく柏木楓がいることを意識した。

『あの人は…いったんだな…』
 それからしばらくして楓が目を開けた。その瞳は自分がよく知っている柏木楓のそれで
あった。

『おはよ楓ちゃん』
『耕一さん?』
 まだ楓は寝ぼけているらしくぼんやりと耕一を見つめていた。そんな楓の顔がかわいく
なって耕一は楓のおでこにキスをした。優しい、優しいキス。それで目がさめたのか楓の
顔が赤くなっていく。

『おはよ』
『おはよう…ございます』
 そして楓は自分がベッドに寝ているのではなく、耕一に抱きかかえられてる事に気が付
いて更に顔を赤く染めた。




 しばらくしてやっと耕一は抱きかかえている楓を開放した。それでも楓は嫌だったわけ
ではなく耕一の前に座ると赤くなりながらもしゃべりだした。
『すいません』
 唐突にでた楓の言葉に耕一は驚いた。
『すいません?』
『…』
『どうしたの楓ちゃん?』
『実は今回のみんなに起きた謎の発熱』
『?』
『私のせいなんです』
 言って俯く楓。しかし、ちらっと見えたその顔は悲しい顔と言うよりは恥ずかしくて顔
を逸らしたように見えた。
『どうして…キミのせいなんだい?』
『耕一さんがあっちの方に戻ってから…3ヶ月は経ちますよね』
『ああ。それぐらいかな』
 しゃべっている楓はやはり俯いている。
『それが…』
『私…とっても会いたくて』
『…』
『ずっと声も聞いてなかったから私のこと忘れてしまったんじゃないかって…』
『それは…』
 言った楓の顔に不安と寂しさが浮かんでいる事を見た耕一はその言葉を強く否定した。
『それは違うよ』
『耕一さん』
『俺は決して楓ちゃんのことを忘れたわけじゃないよ』
 言った耕一の言葉があまりにも優しかったので楓の瞳から自然に涙が頬を伝って流れた。

『あれ、どうしたんだろう』
 ごしごしと目を擦る楓。耕一はその楓の様子にいかに自分に強く会いたかったのか、そ
してそれに気がついてやることができなかった自分を強く恨んだ。

『楓ちゃん』
『おかしいですよね。でも…耕一さんの顔を見たら…』
『大丈夫。俺はここにいるよ』
 耕一は楓の泣き止むまで待つことにした。しばらくして涙が止まった楓がやはり恥ずか
しそうな顔で話した。

『私は耕一さんに会いたく、それだけが大きく膨らんでいったんです』
『うんうん』
『それで…ある日のことなんですが、突然の雨で体を冷やしてしまった私は風邪をひいて
しまったんです』
 俯き加減に、耕一の反応を気にしながらしゃべる楓。その楓の姿が意地らしくてかわい
くて耕一は飛びつき、抱きしめ、押し倒そうとする自分の本能を必死に抑えていた。

『風邪をひいている間もずっと耕一さんのこと考えてたんです』
『…』
『私達は強く思うことによって意識を通じることができるって言いましたよね』
『ああ』
『それで…私が思うように、みんなも耕一さんに会いたいと思っていたから…』
『なるほど、楓ちゃんに同調しちゃったってわけか』
『多分。それに、私の中にいるエディフェルがちょうど耕一さんを思う心に強くひかれた
ために出てきてしまって』
『んで、そこもみんな影響受けてしまったと?』
『はい。多分そうでしょう』
 今回の事件の全てがわかった耕一はおいでおいでと手招きした。もちろん相手は自分の
目に前に正座して座っている楓だ。

『?』
『…』
 びっくりした顔をしながらも、顔を赤く染めながらも楓は耕一の手招きに応じた。

『楓ちゃん』
『耕一さん』
 耕一は楓を、楓は耕一を強く抱きしめる。お互いがお互いを離すまいと強く、強く、抱
きしめる。そしてお互いの思いが強く、お互いを求めた。耕一は楓を離すまいと、楓は耕
一を確かめるように、体を重ね合った耕一と楓はそのまま二人とも深く、深い闇の中に落
ちていった。




『お前はなぜわしを選んだのじゃ?』
『どうしたの?』
『お前の同族にはお前を好きなやつはいなかったのか?』
『……わからないわ』
『……』
『でもね』
『?』
『あなたの瞳とそしてあなたの思いを受けとめた時』
『……』
『あなたしかいないと思ったわ』
『……そうか』
『ええ』


 耕一と楓
 
 二人が見ていたのは遥か昔のお互い。
 はじめて顔を会わせたのは偶然だった…
 そして次に会った時は敵同士だった…
 傷つき、血を流し、涙を流して男は自分の体に起きたことを恨んだ
 そしてその恨みが怨みを通り越した時…
 男は女を愛していた…
 今の耕一、楓の二人のようにただ幸せだけを求めることはできなかった…
 そして二人に永遠の別れがあったとしても…


 二人は幸せだった…











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