お題 “楓ちゃん”
Sidestory of Kizuato
 

「許す時」


Written by 成





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 雲一つない青空。放射冷却で氷点下まで下がった朝の大気の中に、楓はいる。
 同じ制服を着て、同じ方向へ歩く女生徒達。いつもとかわらない朝の風景。
「かーえでっ」
 声とともに、背中にのさっと体重がかかる。
「チヅ、重い」
「まっ、乙女をつかまえてなんて失礼な」
「…………」
「…………」
「そういうこと言ってるんじゃないんだけど」
「知ってる」
「…………」
「…………」
「歩けない」
「こまったわね」
「…………」
「…………」
「私、冗談で遅刻したくない」
「わたし、ホ・ン・キ」
「…………」
「…………」
「…………」
「……楓、今、わたしのこと諦めたでしょう?」
「少し」
「そういう態度が若者を非行に走らせるのよっ。見捨てられたわたしは盗んだバイクで走
り出すのよ、校舎の窓ガラス壊してまわるのよ、ナイフみたいにとがってさわるものみな
傷つけるのよっ。いいのっ? わたしが紫の口紅塗ってチェーン振り回してもっ」
「駄目」
「それだけかい」
 ひとつ突っ込みをいれて、楓と同じセーラー服を着た少女はおんぶおばけをやめる。
 すたすたと歩き出す楓。
「わたしの存在をなかったことにするなーっ」
 桧チヅは小走りに追い掛けて楓の横に並ぶ。
「おはよう、楓」
「おはよう」
 こうして、いつもとかわらない朝のひとときが過ぎてゆく。




 教室の開けっ放しになっていたドアを、同じクラスの楓とチヅが順番にくぐると、教室
の視線が集まってくるのが判った。
 チヅは思う。
  ──なんかあるな。
 なんかあった。
「かえでさまあぁあぁぁぁーっ!」
 クラス委員の柊知夏が楓の足にすがりつくように床に座り込んで──チヅに遮られる。
「楓様に下々の者が直接声をかけようなどと。それなりの覚悟があるのでしょうね!」
「足尾鉱毒事件の田中正造なみに」
「ならよし」
 チヅがすっと下がり遮るものがなくなると、知夏は楓の足にひしと抱きついた。
「綺麗な足……」
「あんた田中正造失格」
 チヅは知夏の首根っこをつかんで楓から引き剥がす。
「軽いジョークよー」
「楓様は冗談がお嫌いです」
「あんたその発言、自分の首絞めてるー」
「愛のある冗談ならいいのよ」
「ホームルーム始まる」
 楓の冷静な指摘。ほらみたことかという顔をして、チヅ。
「ほら、あんたがぐずぐずしてるから本題に入れないじゃないの」
「私のせい?! 私のせいなの?!!」
「田中正造とか言ってたでしょ」
「正造ブームつくったのあんたよ」
 スピーカーに電気が流れるノイズをともない、予鈴が校舎に響く。
「しゅーりょー!」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
 まったく無意味な時間だった。




「で、謝恩会の会場なのよ」
「なんかいきなり話が見えたわ」
 四時限目が終了し、知夏が楓の机にやってきて発した第一声と、それに応えた楓の前の
席のチヅの言葉である。
「なんで朝言わないのよ」
「あんたのせいよ!!」
「楓ー、いいんちょがいぢめるー」
「いじめないで」
「かーえーでー、この馬鹿女を甘やかすのやめてよー」
 学年主席がその馬鹿女であることは周知の事実である。ちなみに、次席は楓と知夏が譲
り合っていた。
「話、続けて」
「あ、そうか。チヅ、少し黙ってなさいよっ──今年度の謝恩会の会場について実行委員
で話し合いがあってね。ほら、降山市に生まれ育ったからには一度は鶴来屋でおもてなし
されてみたいじゃないの。だから鶴来屋がいいって言ったら予算オーバーだとか言われて、
じゃあ予算オーバーしなかったらいいのかって訊いたらOKだったんで、楓お願い」
「それは、私に言われても判らないから。千鶴姉さんに伝えておくけど、一応ほかの場所
も考えておいたほうがいいと思う」
「楓が言えば大丈夫だって。調べたら何年か前に一度、鶴来屋で謝恩会やってるのよ。そ
の千鶴さんが卒業生だった時に」
 知夏が楓の席から離れる。
「ということで、頼んだね、楓」
「うん」
「それじゃ、邪魔者がいなくなったところで」
「まだ聞こえてるわっ!」
「おべんとおべんと」
「無視するなっ!」
「楓は今日も初音ちゃんの手作り弁当?」
「うん」
「楓も普通に受け答えするなーっ!」



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