第十六回お題 “寒”
 

「鬼」


Written by 血笑















 冷たい風

 刺すような外気

 白い息

 降り続ける雪




 一体いつからここにいるのだろうか。




 一体いつからここにいたのだろうか。




 視界にはこの寒さから早く逃げようと帰路を急ぐ人々。向かいのベンチではこの寒さの
中でもアツアツべったりに寄り添う一組のカップル。





 降る雪は風に流され勢いよく地面に落ちていた。視界の隅に映っていた待ち人も、迎え
がきたようで何事か言いながら視界から消える。





 俺は、ここに何をしに来たのだろう




 吐いた白い息が自分の胸元に溜まり、瞬間風に飛ばされて掻き消えていく。ふと、見た
だけのはずの自分の身体。すでに雪が積もって白くなっていた。そこで気がつく膝の上に
置かれた花束。


 そうだ


 わかっていた。本当はここに何をするために来たのか。ここで何をしたいのかを。


 ゆっくりと頭に積もった雪を首を振って落とす。落とすと風が勢いよく頭と首をすりぬ
けていった。まさに凍るような寒風。だが、今の俺にはどうでもいいことだった。


 そんなことは、どうでも良かった。





 ゆっくりと立ち上がる。ベンチから腰を上げると今まで持っていた熱が消え膝の関節が
数回鳴った。





 そのまま、また数時間を立ったまま過ごした。






 駅にとりつけられている大時計が1時を差した。辺りは闇に包まれ。人は途絶えた。




 この辺りの寒さは地元のものならば十分に知っている。元より田舎と呼ばれるだけに寒
さも降り積もる雪すらも半端ではない。今日から降り始めた雪は1ヶ月の間、この町を全
て白一色に染め。交通機関を止め。全ての社会活動を停止させるのだ。





 手に持っているはずの花束を握りつぶす程の握力で握る。だが、寒さのせいで思ったよ
りも握れなかった。それがわかると俺はムキになってより一層に力を込めた。








 2時を差した。俺はゆっくりと歩き出す。
駅前に立っている巨大な樹。その木を囲むようにして立っていたはずの木々は今では切り
株しか残っていない。俺は巨大な樹の前に立った。今は暗くて見えはしないが、そこには
痕があるはずだ。俺が…残した…痕だ。






「帰ってきたよ。みんな」
 俺はゆっくりと左手に持った花束をその樹下に置く。




「ふん、今年もここ…か。貴様も余裕だな」
 背中から聞こえた声に何も言わずに場所をゆずる。ふんと不機嫌さを表しながらもその
男は横に立った。そして俺と同じように花束を置く。


「そう言うお前はどうなんだ?」
「…」
 俺の言葉に男は無言だった。だが、

「唯一の血縁だからな」
 と、ポツリとつぶやいた。俺はその言葉をどこか遠くで聞いた気がした。


「結局、生きているのは俺たちだけだな」
「ああ」
「初音…、助からなかったのか」
 その言葉に俺の細胞が反応した。メリメリと地面が音をたて。俺は暴走しようとする自
分をかろうじて抑える。

「ああ、そうだ。柳川さん」
「…そうか」
 柳川はゆっくりと俺の肩に手を置いた。それで何とか俺の中に眠る「鬼」が落ち着いた
ようだ。ゆっくりと収まる衝動を感じながら俺は隣にいる柳川と向かい合う。

「初音ちゃんは…最後まで、俺のことを心配してくれていた」
「・・・」
「ガリガリに痩せた身体で。ひどく小さな声で。それでも、」

 耕一お兄ちゃん、可哀想。
「そう言って、大粒の涙を流してくれた」



「柳川、お前にわからんだろう」


私が死んだらお兄ちゃん一人になっちゃう。
「目の前で、そう言われた気持ちが」

 ごめんなさい

「そう言って何度謝られたか」

「・・・」
「俺は、そんなあのコを抱いてやることしかできなかった。日に日に生気を失っていくあ
のコを。大丈夫だよ。大丈夫だよって、あのコに言ってやることしかできなかった」

「・・・」


「謝りたいのはこっちだった。みんなを殺したのは俺だから。千鶴さんも梓も楓ちゃんも」










「千鶴さんが死んだ時もそうだ」
「・・・」

「俺があの時ここにいれば良かったんだ。ここで、ここに」
「…耕一」

「あの人が死んだのは俺のせいなんだ」
「…」

 妹達をお願いします

「そう言って最後まで、最後まであの人はあの子達の心配をしてたんだ。俺は、そんな千
鶴さんの意思を、お願いをかなえてやることもできなかった」



「梓の時もそうだった。あれだけ千鶴さんを失って悲しい思いをしたのに。俺はもうこん
な悲しい苦しみなんか味わいたくなかったのに。俺は、あいつを止めることができなかっ
た。本当は俺が何をしても止めなくてはいけなかったんだ」


 耕一なら、きっとできるよ


「そう言ったあいつの顔を見たとき。俺はわかったいたはずだったんだ。あいつのことを。
あいつがあのまま大人しくしているはずはなかったんだ。俺は」

「止めろ」


「俺が梓を殺したんだ」

「よせ、そんなことを言いにここにきたわけではないのだろう」
 柳川は踵を返す。俺は涙を流しながらもそれを目で追った。柳川の肩が震えている。わ
かっている。悲しいのは、辛いのはあいつも一緒なんだ。



「俺たちは生きている」
「…?」



「どうだ? 警察官をやってみる気はないか?」
「…」
「やる気はないか」
「…ああ」

「だが、このままではお前までもが標的になるんだぞ」
「構わない」


 俺にはもう守る人はいない

 俺にはもう助ける人などいない




「俺は生きているかぎり鬼を殺す」
「・・・耕一」

「俺の家族を奪ったあいつ等を、殺す」
「・・・」


「復讐だ」


「殺されるまで殺してやる。俺を一人にしたあいつ等を。俺はこの手で皆殺しにしてや
る」
 自分でも猛っているのがわかる。すでに身体は衣服をやぶり鬼となる前兆だった。

「殺るのは構わん。その方が俺も助かる」


「だが」



「人は殺めぬことだ。俺はこれ以上血族が死ぬのはみたくないのでな」
 そう言って柳川は歩を勧めた。俺は巨樹にまた一つの痕を残すと、大きく跳躍。その場
を離れた。






俺の復讐はまだ終わりを見せない。



俺が死ぬのが早いか


俺があいつ等を狩り殺すのが早いか









 地元では有名な話にされている2月9日朝方。必ず巨大な獣の叫び声が町に轟くと言う。


 年寄りは雨月山の鬼が泣くという


 今日も雪降る町に悲しい鬼の泣き声が聞こえる


 何を悲しむのか

 何を怨むのか


 鬼はそれからも家族を殺した同族を殺す旅に出るのだった。
 






 終
















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