chapter1
                   

 土曜日。

 机の上に、ぐて〜っと。
 ふわぁあぁ…、ほぁふ。
 うーっ。めったやたらと、ねみぃぜ。
 …オレ、疲れてんなぁ。

 そう、アルバイトだ。
 丁度良いのを探すのはとんでもなく骨が折れた…なんてコトはなく。
 オレってば、ホント、ラッキーな星の元に生まれついてるのかも知れない。

 まず、学校の時間と重なっちゃマズい、と。これはまだいい。雇う方だって心得た
モノだろう。
 問題なのは、むしろ。払いがあんまし先なのはどーにも困る、っていう制約の方だ。
 最低でも雅史と約束した時点、ある程度まとまった金がねーとな。
 ベストなのは、即金でってヤツだけど…。とーぜん、そんな都合のいい、美味しい
ツテなんてのもネーし。…あー、うじゃうじゃ。
 なんにしろ、足で探すしか、ねーのか?
 …とまぁ、そーゆー具合で、学校の廊下を悩みながら歩いてたら。オレはまたやっち
まったわけだ。「二度あるコトは三度ある」の例え通りに、前方不注意で正面衝突、
もちろん相手も毎度同じくの来栖川財閥ご令嬢、よーするに先輩で。…ヤベェ、さすが
に黒服はなくても、あのセバスチャンに命をつけ狙われるのはゴメンだぁ。
「す、すまねー先輩っ。オレ考え事しててさ。ホラ、手を…」
「…………」
「どーした、センパイ?オレの顔に何か、ついてっか?」
 ぼんやりと、かつ、鋭くも。
 こっちの曇った表情に感づいたらしい先輩の十八番(おはこ)「なでなで攻撃」に、
オレはあっさりと陥落。事情を隠し立てすることも出来ず、ボソボソと…。
 しばしの間、沈思黙考(普段とは微妙に違った…と、思うぞ、オレは)の先輩。やが
てポケベルみたいなのを取り出すと、中央の赤ボタン、静かに、丁寧に、おっとりと
(おそるおそる、って風にも見えたのだが)プッシュした。
 それは緊急連絡用のセキュリティグッズらしかった。ものの3分と経たないうちに、
どこからともなく、血相を変えたセバスチャンが出現する。呼ばれて飛び出て…とは、
いつもながら、なんて便利なジーサンなんだろう。
 それで。
 先輩の、何かをセツセツと訴えかけるような瞳の色。そいつにあっさり白旗掲げた
セバスチャンが、ぶつくさ言いながらも条件に合ったクチ、探してくれたってワケだ。
それも、何と即日。その日の午後からアルバイト開始。
 …しっかし、あのセバスチャンが、このオレのために。
 やはり先輩、恐るべし、だ。

 駅前にある「ツルギヤ」。
 来栖川財閥とは色々とつき合いの深いらしい、観光系コンツェルン「鶴来屋グループの、
「庶民的でフレンドリーなノリ」をウリとしているデパートである。…いや、入り口入って
真っ正面、吹き抜け二階手すりの横断幕にそう大書してあるんだから、しょうがないだろ?
 オレの仕事は遊撃要員…とか言うと格好はいいけど、よーするに雑用のお手伝い係だ。
ある時は地下倉庫で缶詰の山の搬入運搬、またある時はフロア飾りの衣替え、はたまた
時を変え、鮮魚コーナー特売タイムの叩き売りにーちゃん…と。まぁ、一番の下っ端と
して、あっちこっちタライ回しのこき使われまくりで…。
 結局のトコ、ついてるんだか、ついてないんだか。幸運の星ってヤツも、もう少し
万能だとありがたいんだけどよ。
 あるいはセバスチャンのヤツが、選択肢の中からとびきりキツイの、オレに振ったの
かもな。試練ってヤツだ。あのジーサン、巨○の星とか好きそうだから。そーゆーおっ
かない顔だろ?
 …でもなぁ。いったい、なんの試練だか。相手が違うぜ。先輩とオレの清く正しい
関係を、未だに誤解してんのかな。只の友達だっつーのに。
 ホント、やっかいだよなぁ。

「くぅ…っ」
 二の腕といい脚のモモといい、身体中まんべんなく筋肉痛が痛い。…うーん、ヘンテ
コな日本語だな。あのレミィだって、んな使い方はしねーよな。
 とにかく、まだ、二日、三日で。オレの身体はガッタガタ。あー、我ながら情けねぇ。
こんなコトなら部活動の一つや二つ、真面目にやっとくんだったな。
 夏前にめでたく同好会として認められた葵ちゃんトコに、一応、名前は置いてあるも
のの。同好会一模範的な幽霊部員だ。
 たまに行っても、やっぱり彼女の笑顔が目当ての下級生部員たち相手に、テキトーに
乱取りの真似事やって遊んでるだけ。基礎体力なんざ、およそつくわきゃねー。
 考えてみりゃ雅史もあの顔で、毎日ボール追い回して走ってんだ、今のオレより数倍
は使えるだろう。
 正直、ちょっと悔しい。
 …いや、ほんのちょっとだけ、な。

 ぐてぇーっとバテてるオレに、話しかけるヤツはいない。話しかけられたところで、
なにしろこんな状態だから、投げやりな相づちくらいしか返せないだろう。
 きーん、こーん、かーん、こーん…と。
 早くもチャイム、休憩時間は終了。
「ちっ…」
 もう終わっちまったのか。うーん…短いぜぇ(しみじみ)。
 授業中は、寝るにしてもそれなりのポーズが必要だ。メンドくせーし、つらい。

 しっかし、今からこの調子じゃあ。来週は、ユ○ケルでドーピングするっきゃねーか
もな。あー、オヤジくせー。
 ふぁ、ほわわわわわぁっ。
 眠い…。

 カチャカチャ、カチャ…。チョークが黒板の上を走る音。粉がキラキラと舞う。
 だらだらと教室に流れる、念仏にも等しい教科書の朗読。
 誰も彼もが無気力な瞳を、ただただ義務感から正面に向けている。

 ああ〜、超つまんね〜、激つまんね〜。…って、授業なんて、そんなモンか。
 頑張るよなぁ、みんな。オレの目は睡魔に砂を撒かれて、とうに開店休業状態。
  瞼(まぶた)のシャッターを下ろしたがっている。
 …そうだな、無理をするのは良くないゾ、うん。
 おやすみなさ〜い。

                   

 妖しげな気配、香の焚きしめられたアンティークショップ。薄暗い店内で。
 ふと、傍らのあかりを見る。
 あかりは、じいっと、オレの顔を見ていた。ぼおっと、こちらを眺めていた。
「…あ」
 オレの視線に気がついて、すっと目をそらす。あかりの頬に、ふわっと朱がさした。
「どーした、あかり?」
「ん…、ううん、なんでもないよ、浩之ちゃん。なんでもないの…」
「そっか?」
 少しだけうつむいてるあかりを見て。オレは思い浮かべてみる。
 あの銀の装飾具で。髪を留め、耳を飾り、首には銀鎖、ブローチが服の胸の辺りを輝かす。
 しかも、意匠は全てクマ。
 あかりなら、じゅーぶん、似合うかもしんない。

 いや、それはおよそ、あかりにしか…。

 帰り道、晴れた空から突然に、狐の嫁入り。
 オレ、あかり、雅史、志保の四人は、ショーウィンドゥの前で雨宿り。…そしたら。
「ほらどうぞ、おはいんなさい。お暇つぶしにはなりましょう」
 なんだか勢いで、有無を言わさず。店のにーちゃんに招き入れられてしまった。

 人形、家具、貴金属、食器、ステンドグラス、タイプライター…。その他、がらくた
の山。入った途端、思い思いに目を奪われた。
 …と、客もなくヒマしていたのだろう。中華な衣装に丸眼鏡、いでたちはまるでコスプレ、
そんな美形の売り子にーちゃんがオレたちに披露してくれたのは、なにやら由緒正しい
らしい銀製の小物、一揃い。
 愛らしい小熊を象(かたど)った、ペンダント、ブローチ、ヘアピン、イヤリング。
  それぞれが派手でなく、上品でさり気なく、身につける人間を引き立てる、際立たせる。
 オレの素人目にも大したモンだと思わせる、そんなスゲェ作りだ。
 …で、その値段は。

「1円〜100万円…いや、1000万円でしょうか。その値(あたい)定まらず、
言うなれば時価で御座います」
「おいおい。なんなんだよ、それは」
「これは、一流の名人の作り上げた逸品なので御座いますが…」
「ああ。…で?」
「如何せん、飾り立てる相手を選びますので」
「は?」
「猫でしたらねぇ、まだなんとか…。いえ、気に入っていただけるのと、それがあつら
えたように似合うかは、また別の話でして。私といたしましても、似合わぬ方にも、
それから気に入っていただけない方にも、お売りしたくはないわけで…」
「…えっ、じゃあ、お客さんによってお値段、変えちゃうんですか?」

 あかりが驚く。続けて志保が意地悪く。

「こーゆートコってねー、値札なんて有って無いようなモノで。すっごく、いい加減なのよ」
「ハイ、その通りで御座いますよ、お嬢さん。こちとら、貴族相手の商売でございますから」
「う…」
 嫌みな口調もドコ吹く風、ちっとも動じないニーチャンに微笑まれて、志保のヤツ、
ドギマギしてやんの。
「…い、今時、ドコにキゾクなんているってのよ!」
「いらっしゃるところにはいらっしゃるモノでございますよ、いつの時代も。公に定め
られた身分に限らず、それは心の在りようなのですから」
「ふんっ。なによ、気取っちゃって…」

 店のにーちゃん、ちらっと。うつむいてるあかりを見て。それからこっちを見た。
なんなんだろーなぁ。ヘンなヤツ。
 …しっかし。なにしろクマだもんなぁ。もしもあかりが買うって言ったら、このにー
ちゃん、いくらの値を付けるだろう?

「ねぇ、浩之。雨、止んだみたいだよ」
 ドアのところで外を見ていた雅史が、オレを呼んでる。
「お、そうか?」
 ふと、気がつくと。オレのすぐそばにいたハズのあかりと志保まで、雅史と並んで
立っていて。オレのことをしつこく、呼んでいる。

「ねぇ、浩之ちゃん…」
「ねぇ、ヒロ…」
「ねぇ、浩之…」

「ねぇ…」

                   

「…ねえ、藤田くん、藤田くんってば」
「…ん」
「ねぇ、藤田くん。ちょっと。アンタ、次、当たるわ」
「む…」
「起こせゆーたやんか。…ね、フ・ジ・タ・ヒ・ロ・ユ・キ・く〜ん」
「…く」
「あーっ、ほらっ、もう。…しゃーないなぁ、知らんで、私は」
「くぅ…すぅ…」

「えーっと、それじゃ次は…」
「あっ、あのっ、あのな、せんせっ!ちょっと!」
「なんだ、どーした、保科?」
「私、あのっ、なんや気分悪いし、せやから保健室に…」
「ん、そうか?大丈夫か?よし、それじゃ保健委員は…」
「あ、あ、ホラ藤田くん、藤田くんってば。一緒に付いてきてや、お願い、はよ立って、
シャンとして、なっ」
 …な、なんだなんだっ?!
 いきなり引っ張られて、立たされたぞ。
 人がせっかくイイ気持ちで…ああ、オレ、居眠りしてたんだっけか。
 きょろきょろきょろ…うわ、やべっ、まだ授業中じゃねーか。オレ、当てられたのかよ?!
「ん、そうだな。じゃあ藤田、保科を連れていってやってくれ。頼むぞ」
「…へっ」
 なんだ?なんだ?
「いいからいいから、早く、早く」
 委員長にぐいぐい、引きずられるようにして廊下へ。
「おいみんな、続きやるぞ、いいかぁ…」
 教室を出る瞬間、あかりと目があった。浮かない顔でこっちを見ていた。目があった
途端に、つっと視線を外してくる。
 おいおい。なんだか、あの時みたいだな…。
「…あぁ、そうか」
 オレははっきりと、今見ていた夢のコトを思い出した。
 あの夢。あの時の、夢。二月前の夏の日に…。
「ホラ、藤田くん、早くしぃや」
「ん、あ、ああ…」

 廊下を歩きながら。オレと委員長は声をひそめて言葉を交わす。
「…熟睡や、熟睡。突っついても、叩いても、囁いても起きへん。もー見捨ててまおか
と思うたわ」
 囁いても…ってのは何なのだろう?…ま、そんなコトはどーでもいいか。
「…けど。あれやろ、ホラ…、やっぱし、約束しとったし、ね」
「律儀だなぁ。…あ、いや、助かったぜ、さすがは委員長」
 そっか。そういやぁ確かに。居眠りしてたら起こしてくれよって、席替えで隣になっ
た時、頼んだっけな。軽い調子で何気なく言ってみただけだし、今の今まですっかり忘
れてたけど。
 まさか、とっさに仮病使ってまでオレをフォローしてくれるとはなあ。ありがたや、
ありがたや。
「おだててもなんも出えへんよ。…しっかし藤田くん、疲れた顔してるな。なんとか言う
格闘技の部活?」
「あー、違う違う。ちょいとワケありでね。生活費稼いでるんだな、バイトで」
 委員長が表情が一変する。あ、誤解されたな。
「藤田くんのご両親、なんかあったん?どうかしたんか?」
 いやだよなぁ。今月の生活費まとめて落としましたなんて、オレは言いたかないぞ。
 …でも、心配そうな委員長の表情。これは説明しないわけにはいかない。
「んー、あのなぁ委員長。志保にだけは絶対、言わないでくれよ。五割増しの噂、振り
撒かれちゃたまんねーからな」
「…?」
「それから、あかりとか、他の連中にも。コレ、雅史しか知らねーんだ。かっこわりー
からよ、頼むぜ」
「神岸さんとかに、ね…ええ、約束する。なに?何か、失敗したん?」
「財布ごと、まとめて落としたんだよ。おろしたてほやほやの生活費」
「あちゃ、それは痛いわ。…けど、そやからって、いきなり勤労学生?」
「そーそー。慌てて親にすがるってのもな。男はやっぱり、独立独歩の気風を…」
「何言うてるの、もう。その親のお金、落としておいて」
「…ま、真の自活は二十歳からということで」
「ほんま、よーゆーわ、アンタは」
 呆れたような顔で。優しく、苦笑されてしまった。

 けど、委員長も、ギスギスしたところがすっかり取れたよなぁ。
 今ではクラスにも打ち解けて、みんなの頼れる委員長している。休憩時間とか、周り
とも良く喋ってるようだし。おかげで最近、言葉遣いが東西ゴチャゴチャになっている
ような気も…。
 偶然というのはあるもので、席は未だにお隣同士だ。過去二回の席替えとも、クジの
結果そうなってしまった。
 クジを作ったのが委員長自身だったし、三度(みたび)隣が確定した時、冗談でこん
な事を言ってみたら。
「なーなー委員長。先生に頼まれて、オレのことぴったりマークしてるとか?」
「…。それは、私がクジの結果、操作している…と?」
「あ、いや、マジに取るなよ。じょーだんだって。珍しい事もあるモンだなって…」
「藤田くん。仕組むんなら、アンタの隣、ちゃんと相応しい人を振っとるわ。私はそれ
ほど無粋やない」
 低く抑えた声で。怒られたというのとは、ちょっと違うけど。
 あの時の委員長は妙に迫力があったな。

「…ま、ジツを言うと。それだけじゃねーんだけどな」
「え?」
「ほら、志保から連絡、いかなかったか?あかりの誕生日会の…」
「あ、ああ、聞いてるわ。…ああ、そっか、そやね、それで、ね」
 オレが言う前から。委員長はなんだか、一人で納得してしまっている。
「…せいぜい頑張りや。神岸さん喜ぶで。…たとえ、それが何であっても」
 流石は委員長、頭の回転が速い。全てお見通しって感じだ。…でも、何でもってのは、
ナゲヤリじゃねーか?
「そーか?そんなことねーだろ?」
「…そんなん、何だってOKやんか。当たり前やろ」
 委員長、なんだか表情が曇ったような。あれ、ホントに気分が悪くなったのか?
 保健室はすぐそこだった。
「ここまででええわ。私、テキトーに寝てく。先、教室戻ってや」
「そっか…?なんか…大丈夫か?」
「それはこっちが言いたいわ。あのセンセうるさいで、気いつけてな」
「あ、ああ、そーする。…それじゃ、さんきゅーな、委員長」
「じゃあね、藤田くん…」

「鈍感…」

                   

 土曜の午後は、授業がない。当然、バイト直行だ。
 …。
 時計の針がかろうじて土曜であるうちに、解放された。
 ふひぃ〜。

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