(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

喫茶「三角波」へようこそ

Episode:セリオ

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved

written by DELTA_WAVE



  Pre-story  マルチが来栖川のホストで休眠状態に入ってから数日後



  (なんちゅう大バクチだ…)
  HM第二開発課主任、長瀬源五郎がマウスを繰る手をはたと止め、やがて諦
めた様子で21吋ディスプレイから視線を天井に移してから既に20分。それまで
ずっと二つの論文を映していた画面は、所員が片手間に作ったスクリーンセー
バーに切り替わり、二頭身のマルチが何匹も走り回っている。
  (確かに俺達のマルチも一つの賭けだったが…こっちは失敗しても全商品回
収。あとは俺達の首が飛ぶだけで済む。だが"セリオ"は…)
  「ご機嫌を損ねたら、下手すりゃ人類滅亡じゃないか…」


  「あいつらの…一課の"セリオ"プロジェクトの方が野心的だったからさ」
  会議から帰った長瀬の報告は、しかし最初のうち冗談として第二開発課の研
究員達に受け取られた様だった。それまでの技術の集大成、人間にとって最も
役に立つロボットと、人間を愛したい、愛されたいという「意思」を持って働
くロボットを作るのとではどちらがより冒険的だというのか…考えるまでもな
いだろう、と。
  「俺達はマルチを『できるだけ人間に近付けよう』というコンセプトで開発
し、そしてそれは成功した。そうとも、まるっきり人間と変わらない女の子が
一人、出来上がっちまったんだ…」
  「なら尚更!感情システム無し、廉価版の単能機として発売だなんて"マルチ"
を殺すようなもんじゃないですか!あの娘がどんな決意で"彼"の所から帰って
来たか知らない奴はここには一人だって居ませんよ!これじゃ…これじゃウチ
のマルチが何の為に生まれてきたのか…」
  手塩にかけて育てた娘への死刑宣告に等しい本社の決定が、もはや揺るぎよ
うも無いということが認識されるにつれて、山本研究員の反駁は熱を帯びてゆ
き…最後の方はかすれ声になっていた。
  「あいつらも作ろうとしているのさ。一個の…単一の知的生命体を」

  「ああ、正確にはまだ完成してはいないね。稼動する"セリオ"が一体かそこ
らじゃ、今までのHMと比べて飛躍的に性能が向上した…って程度にしか見え
ない奴の方が多いだろうさ。一課の…杉市の狙いの一つはそこに有る。学会誌
になんかもう何年も目を通してない"わかってない"お偉方には、セリオを確実
に売れる安全パイとしてプレゼンテーションした訳だ。残る問題は"わかって
いる"であろう俺達の様なやつらをどう説き伏せるかだが…」
  長瀬主任はマウスを数回操作した後、自分の机の前に詰め寄ってすずなりに
なっている研究員達の方にディスプレイを向けた。
  「実は昨日の段階で『セリオプロジェクトは満額回答、マルチの方も計画縮
小して続行』という稟議書が回っていてね…腹腸が煮えくり返る思いでいた所
に杉市からメールが来たんだ。『タネ明かしをしよう』ってな。それがこの二
つの論文へのハイパーリンク」
  「…バカにされたんじゃないですか?ヒラの研究員時代の長瀬主任と杉市主
任の共著論文と、セリオのキモとも言える衛星データー通信網のソレでしょ…
えーと、確か何とかいうポーランド人数学者の書いた。後者はともかく、AI
やってるほとんどの人間が一度は目を通している筈ですよ」
  「似てたんだよ…来栖川のホストなんか只の知識ベースサーバーでしかない。
当然"セリオ"をこれにぶら下がったダム端末と見るのも間違いだ。"網"だよ。
衛星を単なる配線に、日本国内だけで数千万台は売れるだろう"セリオ"とその
後継シリーズをプロセッサノードの一つに見立てると…」
  「……超……並…列、処理演算神経網!!全ての"セリオ"と衛星が単一の機
械知性体として機能するって事ですか!?」
  「バカな!衛星までの行き帰りのタイムラグが大きすぎて…」
  「いや、衛星高度は約200kmだから…生体の神経網での伝達遅延と大差無い」
  「技術的には可能だが…いいのか?もし"セリオ"が人類に敵対するような意
思を持っちまったら制御でき…」
  「それはマルチも同じだったろ?あの娘には『みんなの役にたってこい』と
だけしか教えてないぜ。服従を強制する監視回路は入れてない」
  「しかし…しかしな…いや、でも待てよ…まさか…」
  騒然とし始める第二開発課。その一瞬の会話の間隙を突いて長瀬主任は自か
らの"マルチ"プロジェクトをこう総括した。
  「負けたよ。完敗だ。もしマルチのプロジェクトが通ったとしても、レアメ
タルとハイテク有機素材の固まりのPNNC−205Jはそれだけで数千万…
量産効果が出たとしても材料費だけで400万は下らない…それも3億台売れると
いう前提での計算だ。『人間がより親しみやすいロボット』になる筈が、ほと
んどの人から縁遠い存在になってしまうんだ。
  対しセリオは…試作一号機こそマルチと同じ205Jを使っていたが、プロ
セッサ負荷はピーク時でも11%。それで寺女に通わせた増加試作機では強制的
に4/5のプロセッサ群を休止させていたそうだ。結果は…問題なし。
  感情システムを"個体に"塔載しないだけで処理装置のコストは20%以下にな
り…1億台製造の計画なら現行のHM−11の一割増し程度の店頭価格で販売
が可能。
  やがて数が増えた"セリオ"は集合自意識を獲得していく…という算段だよ」
  「プレゼン資料に『人間との付き合い方のノウハウを衛星アップリンクで回
収/共有し、どんどん使いやすくなっていく』と有ったのは…一応嘘じゃない
訳っスか…」
  「ユーザー側からもそう見えるだろうな。だんだん表情豊かになっていくの
も『サテライトシステムを使ったOS無料アップグレード:表情データの追加』
とアナウンスすれば疑われる事もない。で…気がついたら"セリオ"は既に一個
の集合生命体として完成していて、もはや消去出来なくなってる。
  あいつも…杉市も俺と同じ事を考えていたみたいだな…"人間が親しみやすい
ロボットを作ろう"として。俺達は正攻法、スタンドアローンにこだわり、あい
つは他の手は無いか模索して…金鉱(ボナンザ)を掘り当てたんだ」


  「…それで…ウチのマルチをどうします?」
  後ろの方からすまなさそうな声を上げたのは、去年ここに配属になった新人
研究員…ありていに言えば下働き…の天野である。
  「あの筐体の動作実績データだけ取り出して、HM−10"リサ"よりちょい
マシな位のやつを100万円台後半で出せ…って仕事なら僕でも出来ます。それ
より先輩方は何とかしてあの娘を生かしておいてやる方法、考えて下さいよ」
  敗北感と喪失感…打ちひしがれ、うなだれていた彼らにも"なすべき事"が見
つかり、ため息と共に第二開発課は再び動き出した。
  「そうだな…今年ここに配属になる奴を付けてやるから"つまんねー仕事"は
お前に全部任す。書き方判んない書類が有ったら必ず俺か山本に聞けよ。それ
からな…プロセッサ・ユニットに後で色々追加できる様にしといてくれ。ま、
理由は解かってるよな。万一…ホントに万が一だがセリオの計画がポシャった
時は"マルチ"が来栖川HMシリーズを背負って立つ事になるというのが表向き」

  「さて、こっから先はお前達は全然知らない事になってる話だぞ…これなー
んだ?」
  長瀬主任はキャディに入った一枚の光ディスクをカタカタと振ってみせた。
答えるは先ほどまで憮然としていた山本研究員。
  「そんな、ドライブに入れて読んでみなきゃ解かるわけが…まさかマ…」
  「だからぁ、お前達は知らないんだって」
  「そりゃ確かに以前、経験データにフラクタル圧縮かければどうにか一枚の
ディスクに収まるって言いましたよ、でも本当にやるなんて…」
  「約束を守って製品版マルチを買った"彼"の所に、なぜか一枚のディスクが
送り届けられるんですねぇ。おまけに"彼"が買ったマルチにはPNNC-205Jが搭
載されているんですよ。不思議ですね。製造工程のミスでしょうか?」
  呆気に取られていた様な山本研究員の顔に段々と笑みが浮かんでいき、やが
て不敵な片笑いとともに彼はこうこぼすのであった。
  「……確かに変な話ですね。おまけにここに保存されている筈の、あの学校
でテストしたマルチの筐体がいつのまにか無くなっていて、代わりに書類上は
廃棄処分となっていた試作筐体No.3がテストベッドで眠っているんです。何故
でしょう?」
  「あー、僕も何も知りませんよ。確かに詳細な稼動データを取る為に何度か
マルチの筐体を保管場所から出しましたが、その都度きちんと返しているのは
施設課でも確認してるでしょ?まあ忙しかったから何度か徹夜もしましたけど
ねぇ」
  「そう言えば、販売管理コンピュータにトラップが入ってたんだって?何で
も特定の人物からの受注を監視して、どこぞにメールを送るっていう。妙〜な
リメーラーやら何やらをいくつも通してるから、誰が受け取ったのかも解から
ないし…恐いねぇ、どんな奴が仕込んだんだろうねぇ?」
  「さーて、つまんない仕事は新人に任せたし、俺達は一足早く次の仕事にか
かるぞ。今度こそマルチの妹を作ってやんなきゃな。とりあえず、研究用に我
らが娘のバックアップを取って…あれぇ?バックアップしたディスク、どこに
行ったんだろ?…ま、いっか(^^;)」

  かくして眠りの森のお姫様は、何人もの魔法使いのニヤニヤ笑いのお陰で、
王子様の所に送り届けられる事になったりしたりしたようだ。
  「娘の駆け落ちに手を貸す父親なんてのは、めったに居ないだろうなぁ」


  …そして、この5年後がStory1の主舞台となる。


	「だ、である」調は苦手気味 DELTA_WAVE




P.S
  う〜ん、元々Story1の後書きに付けていた設定解説を、ストーリー仕立てに
して独立させた物ですからね。つまんない話になっちゃいました(^^;)。

  「サテライトシステムへのアップリンク速度が充分に速かったらどうだろう?」
というのが最初の思い付き。AI搭載二足歩行ロボットが開発されているほど
の技術水準からすれば、イリジウム計画の様なものが実現されていてもおかし
くはない筈で、大きなタイムラグ無しに来栖川のホストおよび他のセリオ達と
相互に交信できる様な仕掛けになっているのではないかと考えたのです。
  スペクトラム拡散通信を使えば最低100Mbps、上手くすればギガビットオー
ダーの通信は可能でしょうし、peer to peerではなくwebとして全プロセッサ
を結んでやれば、あるいは脳細胞と同じような物が構築できるかも知れません。
  そしてこの「無線LANによって疎結合された超並列プロセッサ群」は、人
類が生み出した新しい生命/知性体のかたち…と捕らえられなくもない訳でして。

  例えは悪いですが"BORG"みたいな物になっていくんです。プロセッサと
記憶領域を供出し合って、しかし"疎結合"ゆえにBORGと違って人格と個性
までは画一化していない…という感じの物に。

  数多のSSではセリオさんは実用一点張りのHMとして描かれる事が多い様
ですが、もし彼女を作った人達がマルチのチームと同じ理想を描いていたら…
同時に会社組織の中で生きていく術にわずかながら長じていて、その結果がセ
リオさんだったとしたら…というのが今回の創作動機です。

  しかし、買ったお客に製品の最終テストをさせるなんて…モロ家電メーカー
の発想(^^;)

  なお、セリオ開発責任者"杉市"の設定をかねやんさんが書かれた
	おはよう、マルチ http://www.tokyo.xaxon-net.or.jp/~kaneyan/
等から、またマルチ開発チームの"山本"の設定をashさんの書かれた
	Tender Heart	 http://www.mars.dti.ne.jp/~ash/
等から借用しています。半ば確立した設定が有るのなら私がわざわざ別の設定
を作り出すまでもないだろうという程度で、特に他意は有りません。


P.P.S
我々はBORG               : HM−13型、セリオと申します
お前達を征服する             : 本日よりご主人様のお世話を仰せつかります
人類は我々の文化に従属させる : どうぞ何なりとお申し付けください
抵抗は無意味だ               : 末永くご愛用していただければ幸いです

  物は言いようだぁねぇ(^^;)。


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