(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

セリオ in Hospital

Episode:セリオ

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written by NETTLE



                序章

「柿荏田病院はメイドロボの導入を決定した。」
 椅子に座った白衣を身につけた初老の男は樫の机に肘を突きながら目の前の男に言った。
 その男も白衣を身につけてはいたが医者と言うよりも技術者といった雰囲気があった。それは
この男が若く、ひょろりとしていたからかもしれない。

 男の名は柿荏田 充。一応、医者である。
 何故一応かというと、今の彼の仕事は看護士兼総務課課長(代理)である。
 メイドロボが普及して以来、社会奉仕の類の仕事に従事する人間が著しく減ってしまった。
 特に看護婦はその仕事のきつさを苦に辞める人間が多いため、ほとんどの病院で人手不足となって
しまっていた。
 充が医師でありながら看護士をやっているのも足りない人手を補うためであった。
 元々それほど優秀な医師でもなかったし、人手不足を一番身にしみて分かっていたのは充自身であった。
 親父に看護士として働いてもらえないかと言われたときも二つ返事でOKした。総務課長という役職は
前任の者が退職してしまったために取り合えずと後任人事が決まるまでの中継ぎであった。
 看護士として働き始めて半年ほど経った日、休暇にも関わらず院長である父親から呼び出されて病院に
来ていた。
「それは回覧板で見たよ。それで親父は俺にどうしろというんだ?」
 充は応接用のソファにどかっと体を沈める。そして胸のポケットからタバコを取り出すとぷかぷかと吸い
始めた。
「あのなぁ、いくら親子だからってもう少し態度を・・・」
「用件を早めに言って欲しいな。俺は3週間ぶりの休暇なんだ。」
 口で言っているほど貴重な休暇ではないがやりたいことはいくつもあった。
「・・・ったく、今度導入されるメイドロボはHM−13型で、おまえにメンテやその他のことを任せたい
んだ。おまえは機械について多少の知識があるし医師免許も持っているし何よりも私と一番近い存在だ。」
「俺がか?また何で?」
 灰を灰皿に落とすと再びくわえ直す。
「何せ初めてのことなもんで事故があっちゃいけない。その点、お前なら安心して任せられるからな。」
 充は短くなったタバコをもみ消すと父親の方に向き直った。
「本音でものを言って欲しいな。何が目的なんだ?」
 院長の顔は逆光で充のところからはよく見えなかったが、ニヤリと笑ったような気がした。
「最近、いくつかの病院でメイドロボを導入しているのは知っているな。」
「国道沿いの市民病院で4体導入したって聞いたな。」
「どの病院でもメイドロボが今のところ大きな問題を起こしたという話はない。」
「でも、人的ミスは最近になって増えているという話は聞くぞ。」
 院長は再びニヤリと笑う。
「なかなかの情報通だな。それらの人的ミスの原因は解明されてはいないが、全てメイドロボを導入した
ところというのも気になってな。そう言った話を聞くと導入を避けたいのだが、こう人手不足ではどうに
もならん。このままでは取り返しのつかないミスを犯してしまうかもしれない。そこで試験的に一体だけ
導入して様子を見ようと思う。その試験官をお前に頼みたい。」
 充は少し考えるようなそぶりをして答えを示す。
「なかなか面白そうな話だけど、これ以上俺の仕事が増えると業務に支障が出るぞ。」
 充は少しまじめな顔をする。
「総務課課長の後任が決まったからその分を回してくれればいい。それにはじめの間はお前の仕事のサポート
を主にやらせるからさほど気にしなくても良いぞ。」
「なるほど、四六時中見張っていろというわけだな。今度そこの棚に入っているブランデーを飲ませてくれよ、
最近いい酒飲んでないんだ。」
「引き受けてくれるか。」
「ああ、だから今度そこの酒を・・・」
「別に今持っていってもかまわんぞ。ただし全部空けるなよ。私もまだ飲んでないんだからな。」
 やれやれといった様子で胸をなで下ろすと窓の外を見る。
「用件はそれだけか?」
「ああ」
「じゃあ酒を貰って帰るよ。」
 充は棚からブランデーの箱を取り出すと部屋を出ていった。
 背中にドアの閉まる音を聞きながらぽつりと呟く
「・・・・中身は安物なんだよね」
 翌日に彼は、充が空けた高級酒の空き瓶を目にすることになる。




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