第一章

 それからしばらくしてHM−13は届いた。
「今は待機状態になってますから、そこのノートパソコンでセットアップしてください。あとは定期検診は
必ず受けさせてくださいよ。」
 充はディーラーの話を聞きながら、眠っているセリオの横顔を見つめる。
(耳のセンサーがなければ人と区別がつかんな・・・)
 彼の家にもメイドロボはいる。
 医者という職業柄、帰宅時間がいつも同じというわけにはいかない。さらに家族も医療関係で働いている
ので、人の家政婦を置くわけにはいかなかった。
 そのため彼の家ではかなり早い段階でメイドロボを導入していた。
 彼の家で働いているメイドロボに比べると目の前のセリオは人間そっくりだった。定期的に上下する胸な
どはまさに人間そのものに見える。
「あの・・・聞いてます?」
 彼の様子に気が付いたディーラーが充に声をかける。
「あ、すまない。こいつ、人間そっくりだな・・・と思ってな。」
「そうですよね。この商売長いですけど、こいつを初めて扱ったときはビックリしましたもの。もしかして
これは人間なんじゃないかって思いましたよ。」
 ディーラーもうなずきながらセリオを見る。
「まぁ、柿荏田さんはご自宅でメイドロボをお使いなんですよね?それならご存じだとは思いますけど、
この業界は新しいタイプが出るとまったく新しいモノになっちゃいますから。このセリオにしても一つ前の
HM−11とは全く違うものになってしまいましたから。」
 充は「その通りだな」とうなずくと説明書に目を落とした。


「これからみなさんと一緒に働くHM−13型”セリオ”です。」
 充は朝の業務連絡の時に導入されたセリオの紹介を始めた。
 看護婦たちからは期待と不安の表情が読みとれる。
 ここ最近の重労働が軽減される期待とよく分からない者と働く不安。
(解らなくもないけどな・・・)
 充にしたって不安なのは一緒だ。セリオのことは彼もよく分からない。だが、もはやそういうことも言っ
ていられないような状態になりつつあるのも事実だ。
「管理は私が行いますので、何か問題がありましたら私の方に報告してください。
 それじゃセリオ、自己紹介をお願いします。」
「初めましてHM−13セリオです。いたらぬ点も多々あるでしょうがよろしくご指導願いします。」
 きちんとした挨拶をこなすセリオに一同の不安は多少なりとも軽減された。
「それでは本日の業務に入ります。みなさんよろしくお願いします。」
『よろしくお願いします』
 充のかけ声とともに看護婦達が一斉に動き始める。
 ただ一人セリオは充の命令を待っていた。
「さてと俺達も行くぞ。」
「はい」
 無表情もままセリオは答えた。


 それからセリオはなんの失敗もなく仕事をこなしていった。寝たきりの老人の世話からやんちゃな子供達
まで幅広く世話をしていく。夜勤にしても眠気というものを持たない彼女は昼と変わらない作業をこなす。
 ただ、ペースメーカーなどの特殊な電子機器などのために衛星回線が自由に使えないという点があるが
ナースステーションに取り付けられた端末を通してデータの送受信が出来るため、実際のところはさほど
問題は出ていない。
「優秀なもんですよ。不平一つ漏らさず汚物の処理をこなしていくし、わがままな子供達をいくらでも
なだめてやれる、立派な看護婦ですよ。もう少し笑顔が欲しいですけどね。」
 医師の一人が彼女をそう評価した。ほとんどの医師達はその評価を支持した。
 だが看護婦達はそうは思っていなかった。
 自分たちの目の前に完璧な仕事をする機械がいる。彼女たちが長い間経験して得てきたものを全て持って
いる者が。その想いがセリオに対する態度に出るまでに長い時間はかからなかった。


「セリオさん、503の患者さんをお願いしたいんだけど」
 廊下を歩いていたセリオが後ろから声をかけられた。後ろに振り返ると二人の看護婦が立っていた。
二人の看護服の所々に絵の具が付いていた。
「柿荏田看護士のところにカルテを持っていかなければならないのですが。それと、制服を取り替えた方が
いいと思います。」
 二人の服を指しながらセリオが答える。
「だからお願いするのよ。カルテの方は私たちが代わりに持って行くからお願いできない?」
「わかりました。ではこちらをお願いします」
 セリオは二人に持っていたカルテを手渡し、一礼すると小児病棟の方へと歩いていった。

「で、またセリオに押しつけてきたのか・・・」
 充はお茶を飲みながら二人を睨んだ。
 だが二人の看護婦に悪びれた様子はない。
「彼女の方が子供達に受けが良いですから。それに優秀ですから」
「そうですよ。私たちよりずっと頭がいいんですから」
 二人は皮肉を言ってはいたが、それが事実でもあった。
 セリオは子供達の受けがいい。入院している子供達は他の看護婦達が世話するときとセリオが世話する
ときとの態度が違う。素直に言うことを聞くのだ。

『なんでセリオは子供に受けいいのか?』
 以前、充は子供達に聞いてみたことがあった。
 その答えは『なんでも言うことを聞いてくれるから』と言うことだった。
 お話をしてと言えば昔話やお伽噺を聞かせてくれる、リクエストすればどんな話でも話してくれた。
 歌が聴きたいと言えば邦楽から子守歌まで何でも歌ってくれる。
 まさになんでも言うことの聞いてくれる『ロボット』だった。
 確かに人間の看護婦には歌える歌に限界があるし、知らない話もある。
 だが、それだけなのだろうか?充のはそこが腑に落ちなかった。
 看護婦の中にもたくさんの歌を歌える者はいるし、数多くの話を知っているものもいる。それなのに
セリオに人気が集まる理由、それが充にはわからなかった。
 そして他の病院で聞かれる人的ミスの原因。このあたりも気になるところだった。
「何が原因なのかなぁ・・・・・」
 充はもう一度呟いた。



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