終章
老人ホームの出来事から半月が過ぎた。
セリオの試験期間もそろそろ終わりになろうかという頃に一つの出来事が起きた。
「おはようございます。朝の検温の時間ですから起きてください。」
セリオがハルの病室に入っていく。だが、そこはいつもと全く雰囲気が違っていた。
異常に気付いたセリオがハルのそばに駆け寄るとすぐに脈を取った。脈が止まってい
ることを確認するとベッドのナースコールですぐに医師を呼びだした。だが、すでに事態
はどうしようもないところまで来ていた。ハルは夜のうちに死んでいたのだった。
島崎ハルの死。それは全く突然の出来事だった。
前日まで例の談話室でいつものように騒いでいた。そして一晩明けて、セリオが行った
ときにはすでに死んでいた。
さすがの看護婦達も何も言うことが出来なかった。
だが徐々にその衝撃から抜け出してくると日頃の悪口を言い出すものが現れ始めた。
「これで静かになるわね」
一人の看護婦がナースステーションでそんなことを口にした。
他の看護婦も首を縦に振っている。が、一人セリオは悪口を言った看護婦の前に立つと
いきなり頬を張りつけた。
何が起こったのか全く理解できていない看護婦に一言こう言った。
「あなたはそれでも看護婦なんですか?」
呆気にとられていた他の看護婦達もその一言で己を恥じた。
そんな彼女たちを横目に見ながらセリオはナースステーションをあとにした。
ナースステーションを出たセリオは、何となく談話室に来ていた。
そこには今は誰もいない。今ここに来ればハルのことを思い出してしまう。
セリオにもその考えは理解できたが、彼女がそう感じることはなかった。
ただ、ここへ来た回数が多かったので体が勝手に動いてしまったのかもしれなかった。
いつもそこにいた老婆の影を見ながら、セリオはぼんやりとしていた。
「メイドロボでも感傷に浸ることはあるのか?」
充が後ろからセリオに声をかけた。
「ハルさんの記録を整理してバックアップしておきたいと思いまして」
セリオはいつもの声で受け答えする。
「・・・そうか。それでお前に彼女の遺言について伝えたいことがある」
セリオが充の方に振り返る。
「彼女の遺産でお前を雇いたいそうだ」
「どういうことでしょうか?」
セリオはよく分からないという顔をしている。
「松寿園のことだが、人手が致命的に足りなくなってきたそうだ。
そこで彼女の遺産でお前を買い取って、松寿園に寄付したいそうだ」
しかしセリオは困った顔で答える。
「私にはこの病院での仕事があります。それはどうすればよろしいですか?」
「それに関しては心配いらない。経営陣はメイドロボの本格採用を決定した。お前の代
わりに他の奴らがやってくれる。」
「・・・・・」
「これはお前の意志で決定して欲しい。この遺言に法的拘束力はない。だが、彼女の息子
はハルさんの遺志を尊重したいそうだ。」
充はセリオを見ながらそう言った。
セリオはしばらく考え、答えを決めた。
「分かりました。ハルさんの遺志を尊重します。」
「・・・わかった。」
充はその返事を聞くと院長室へ向かった。
「辞職したい・・・か」
目の前に立つ息子を見ながらそう呟く。
「松寿園にセリオを送るとしても、サポート能力を持つ人間が必要だ。それに老人ホーム
には医師がいると心強いと思う」
じっと考えているようだったが、息子の意志の硬さを見て取ると辞表を机にしまった。
「どういう意味だ?親父」
「登院から松寿園に医師を派遣する。こちらも今は一人でも人手が欲しい。」
その答えの意味するところを理解すると、充は一度だけ頭を下げて部屋から出ていった。
「メイドロボと人の間に信頼が築けるのはいつの日だろうな・・・」
『医療機関におけるメイドロボの運用レポート』と書かれた紙の束見ながらそう呟いた。
了