昔々、江戸の町に大名家「来栖川家」のお屋敷がございました。
来栖川様のお屋敷は、それはそれはたいそうご立派なお屋敷で、奉公人の数もそれはそ
れは大変な数でございます。
ある日の事。来栖川のお家に、新しい奉公人がやってまいりました。
その者の名前は丸智。少しばかりドジでおっちょこちょいな所がありましたが、一生懸
命働くので、誰からも好かれていました。
そしてまた、彼女は猫を連れていました。その猫の名前はセリオ。セリオは、良く丸智
になついていて、彼女の後をいつもひょこひょこと歩いておりました。
・・・そんな、ある日の事。
ガシャーン!!
「あ、あうぅ・・・大旦那様の、大切なお皿を割ってしまいましたですぅ・・・」
何と、丸智は大旦那様の大切な大切なお皿を割ってしまいました。
それを知った大旦那様は大層お怒りなさり、怒りのあまり丸智を手討ちになさってしま
いました。
そして、その日からセリオは、食べ物を受けつけなくなってしまい、とうとう死んでし
まいました。
それから数年後。
来栖川のお屋敷に、新しい奉公人がご奉公に上がりました。
その者の名前は芹緒。背が高く、それはそれは美人でございましたが、どこか物悲しげ
な表情をいつもたたえておりました。
そして、その頃からです。
夜な夜な、大旦那様のご寝所の辺りに、皿を数える悲しそうな声が聞こえるようになっ
たのは・・・。
『あうぅ・・・お皿が1枚・・・お皿が2枚・・・お皿が3枚・・・お皿が4枚・・・お
皿が5枚・・・お皿が6枚・・・お皿が7枚・・・お皿が8枚・・・お皿が9枚・・・あ
うぅ〜、一枚足りませ〜ん(涙)』
ところで、来栖川のお屋敷には、二人のお嬢様がいらっしゃいました。
一人は物静かなお嬢様で、名前を来栖川芹香様とおっしゃいました。
もう一人は活発なお嬢様で、名前を来栖川綾香様とおっしゃいました。
二人とも大旦那様のご寵愛の下でお育ちになられました。
そんなある日の事。
綾香様がお皿を数える丸智の幽霊のお話を聞き、
「じゃあ、私が夜に調べて正体を確かめて見るわ。大丈夫、この綾香ちゃんにまっかせな
さ〜い♪(ブイっ!)」
とおっしゃって、薙刀片手に夜のお屋敷の中を見て回る事になりました。
その夜、丑三つ時の事。
「・・・さて、そろそろよね〜、お皿の幽霊が出るのって」
綾香様がお屋敷の中を見て回っていると、使用人の寝所にほど近い油小屋から、何やら
ぴちゃぴちゃと言う音がします。
「・・・? 何の音?」
不審に思われた綾香様がそっと近づいて、いきなり障子戸を開けますと、何とそこには、
猫の耳をした芹緒が、油をなめているではありませんか。
「・・・み、見ましたね・・・?」
綾香様はつかつかと芹緒の方に歩かれると、芹緒の両方のほっぺたをつまんで引っ張り
ました。
そして、こうおっしゃいました。
「セリオ、止めてよね。菜種油って、高いんだから」
「ふ、ふひはへん」
ちゃんちゃん♪
− 終わり −