<オ・マ・ケ>

※以下は、上記の作品のダークエンドバージョンです。ハッピーエンドの
  ほのぼのした終わりかたが気に入ったかたは、見ないほうがよいかも……。


                    ×     ×     ×     ×     ×


  儀式は失敗した。

  窓からこぼれる満月の光を浴びながら、芹香の寝室でアヤカは泣きじゃくる姉
をその胸に抱き、優しくその頭を撫でている。

  「−しかたないわよ、芹……姉さん」

  無意識に「芹香お嬢様」と呼びそうになるのを言い換える。まだ早い。そう、
まだ私が「綾香」でいる限り、姉さんは姉さんだ。

  「−もともとロボットと人間の意識が入れ替わっちゃうなんて事態が非常識
なんだから。姉さんの魔法の腕前は知ってるけど、元々、アレって人間同士の
魂を入れ替える儀式なんでしょ?」

  「……でも、でも……」

 蚊のなくような声でしゃくりあげる姉の髪を指先で梳く。

  「−気づいてたわ。毎晩眠るたびに過去の……「綾香」としての記憶が薄れて
いってることにはね。いまの私には、セリオと入れ替わってからのこの1週
間の記憶しかないの」

  せつなげに微笑むアヤカ。

  「−それ以前の記憶は……HMX-13セリオのもの。いまだって、強く意識して
いないと、自分が綾香だってことを忘れそうになるの。ひょっとして、コレは何
かの間違いで、自分は生まれたときからメイドロボだったんじゃないかって」

  「……」

  「−多分、今度充電モードに入ったら、私はもう「綾香」じゃなくなるわね。
いつもどおりの試作型メイドロボ、セリオになる……ううん、戻るのよ」

  「……綾香」

  「だから、お願い、姉さん。今夜だけは、最後の夜だけはそばにいさせて。
誰よりも私に近い姉さんのそばに……」



  同時刻、綾香の部屋。

  「多分、こんなことになったのは私のせいなんです」

  ベッドに腰掛けた芹緒が、うつむいたまま、浩之に告白する。

  「私は……私は、浩之さんが、好きでした。いえ、今でも大好きです。
でも、私はロボットです。せめて、マルチさんのように豊かな感情を
表すすべがあったら、もう少し素直になれたのかもしれませんが……。
だから……私は人間になりたかった。浩之さんと同じ、熱い血の通っ
た人間に。綾香お嬢様とぶつかったとき、その想いがあまりに強すぎ
て、この身体を乗っ取ってしまったのかしれません」

  いつものセリオらしくない、非論理的な言葉だったが、不思議と説得
力があった。

  「それだけじゃありません。さっきの儀式の時だって、一瞬光とともに
意識が心が身体から引き剥がされるような感覚がありました。私はつい、
その感覚に抵抗してしまいました。人の身体を出て、冷たい機械の身体に
戻るのが、突然恐くなったんです」

  いつしか、熱い涙が芹緒の両眼からこぼれ落ちる。

  「私は、私は……卑怯者です。薄汚い泥棒猫です」

  僅かばかりためらったあと、浩之は芹緒の傍らに腰をおろした。

  「そんなことねーよ。恋は盲目、恋と戦争は手段を選ばずって言うだろ?
確かに、結果的に綾香には気の毒なことになったけど、セリオはちょっと状況
に甘んじていただけだろ? その……好きなオレのために。それに、セリオの
さっきの告白はオレ、結構嬉しかったんだぜ」

  マルチによくやるように、芹緒の頭をなでなでする浩之。

  「浩之さん……」

  新たな涙を流しながら、芹緒は浩之の胸にすがりついた。

  「浩之さん、お願いがあります。今晩、眠れば、私のなかから、「セリオ」という
メイドロボとしての自覚は消え、私は100パーセント来栖川綾香になってしまうで
しょう。ですから、その前に……」

  言いかけて頬を染め、うつむく芹緒。

  「私が私でいる間に、私を抱いてくださいませんか?  そして、できればとき
どき思い出してください。あなたを愛するがゆえにおのれを見失った、セリオと
いう愚かな機械娘がいたことを……」

  「セリオ……」

  思わず浩之は芹緒の身体を強く抱きしめていた。

  哀しいほどに可憐な想いを抱く少女。この少女は再び朝が来るころ、
すでにこの世から存在しなくなっているのだ。

  いとしい。

  この想いが愛情なのか、同情なのか、憐憫なのか、そんなコトは知らない。

  それでも、そばにいてやりたい。願いをかなえてやりたかった。

  浩之は静かに芹緒の唇を奪った。そのまま、簡素なローブに手をかける。

  月明かりの下に浮かび上がる芹緒の身体は、透き通るように美しかった……。



  やがて東の空が薄紅に染まる刻が来る。

  多くの人にとって喜びであるだろうさわやかな夜明けが。

  しかし、それでも、かの男女4人にとってだけは、その空は絶望と悲嘆の
色を帯びていた……

                        <DARK END>




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