(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

for 「本日のお題」

鏡のなかのACTRESS

Episode:来栖川 綾香

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved

written by KCA




   ※このSSは拙作「CROSS CHANGE」と同一世界観を有しています。


  1.Fallin’ Down


  それは、セリオと綾香の入れ替わり事件の半月ほど前の出来事−。


  日本有数の巨大コンツェルン、来栖川財閥。その総帥たる来栖川玄徳が息子
一家とともに暮らす邸宅ともなれば、なまなかの規模ではあるはずがない。

  冗談抜きで球場何個分と表現したくなるその広さは、東京の真ん中にこんな
デカい家を建てていいのかと、善良なる市民なら神経を疑うだろう。嫉妬を通
り越して畏敬の念すらもって眺めたくなってくる。

  もちろん、大きいだけではない。外観は明治から大正にかけての旧き良き時
代の洋館の趣きを備え、同時に内部には自社の電器部門ほかで開発された最新
技術の成果と、名のあるインテリアデザイナーの手でコーディネイトされたと
おぼしき家具調度内装が心地よい暮らしを保証している。

  屋敷内には、ここで働くもののための離れ−と、言うにはいささか規模が大
きい。むしろ社員寮か社宅といったほうが適切か−もいくつか作られている。
そのうちのひとつには、なんとキャッシュディスペンサーや小規模なコンビニ
に類する施設まであって、その気になれば使用人たちは屋敷を1歩も出ずに暮
らしていくことが可能であった。

  無論、建物に劣らず、庭園の部分にも惜しみなく人手がかけられている。
中央に池があり園遊会などが催される和風の中庭。金髪の淑女たちがお茶会で
も開いていそうな雰囲気の西欧風の芝生に覆われた南の庭園。そして、屋敷の
裏手に当たる北の方角には、森林といっていい規模の鬱蒼とした木々の塊りが
存在している。

  コの字型に伸びた屋敷の一角は、この森の一部にまで顔を突っ込んでおり、
その一角にある部屋は昼でも薄暗いため、ふだんはほとんど使われていない。

  ところが、その使われていないはずの部屋のひとつで、先ほどから何者かが
ゴソゴソと怪しげな動きを繰り返していた。

  その何者かとは?  トンガリ帽子に黒マント、片手に魔道書……という魔女
ルックに身を固めた、いわずと知れたオカルト少女、芹香お嬢様だ。

  いつものように床ではなく、銀製の板の上に魔法陣らしき紋様が描かれてい
るのが、ちょっと珍しい。魔法陣の両横、および正面には姿見くらいの高さの
鏡がふたつ立てられていた。

 「……ρνξσ……εχω………δθφψ…ριζυσ……彼の地への門よ」

  聞き取れないほどの囁き声で、呪文が詠唱される。

 「−疾く開け」

  シーーーーーーーーン。

  芹香の整った顔立ちに、「アレッ?」という表情が浮かぶ。

  どうやら何か魔法の儀式を実行しようとして失敗したらしい。

 「………」

  溜め息をつくと、芹香は帽子とマントを脱ぎ、魔道書とひとまとめにして小
脇に抱えると、部屋を出ていった。

          *                  *                 *

  芹香の姿が部屋から消えてからキッカリ1分後。

 「姉さ〜ん、ここなの?」

  ロウソク1本の灯かりだけで照らされたほの暗い室内を、芹香によく似た顔
が覗き込んだ。もちろん、こちらは天才格闘少女、来栖川綾香だ。

 「! アレ、姉さん?」

  室内で動く影を見つけて、2、3歩室内に踏み込む。

 「……なんだ、鏡か」

  どうやら、姿見に映った自分の姿だったらしい。苦笑しながら、鏡に近寄る。

 「姉さん、また、怪しげな術を……」

  綾香が魔法陣の描かれた金属板に気づかずにそこに足を踏み入れた瞬間−。

 「な、何ッ!?」

  合わせ鏡となったふたつの鏡から、まばゆい光が吹き出し、綾香の姿を包み
込む。驚いてバランスを崩し、そのまま正面の鏡へと倒れ込む綾香。

 (え!?)

  光の奔流に飲み込まれた綾香の身体は何の抵抗もなしに、鏡のなかへと沈み
込んでいった。







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