2.CLASS MATES?
「わあぁーッ……て、あれ?」
気がつくと、綾香は自室のベッドの上に寝転がっていた。
「え…と、私、姉さんを呼びに行ったのよ、ねぇ?」
鏡の前でヘンな目に遭った気がしたが、きっと夢だったのだろう。
そう自分を納得させてベッドから起き上がる綾香。
「あら?」
なんとなく部屋の様子がいつもと違う気がする。家具も内装もいつも見慣れ
たもののはずだが……どこか違和感がある。
そう自覚した瞬間、綾香にはその違和感の正体がわかった。
心もち、部屋が狭いのだ。
確かに、この部屋も同年代の子たちの大半がうらやむだけの広さはあったが、
いつもの綾香の部屋は、縦横ともこの1.5倍近くはある。
とはいえ無闇にだだっ広いよりいつもの部屋よりも、綾香としてはむしろ
これくらいのほうが落ち着きやすくて快適だという気もした。
「あっ!!」
何気なく背後の壁を見た綾香は思わず声をあげた。
学校から帰った綾香が脱いだ制服をかけておくその定位置に、寺女のブレ
ザーとは似ても似つかない、セーラー服がかかっていたのだ。
同じセーラー服でも、姉の通う学校のものとはちょっとデザインが違うよ
うだ。白を基調に、スカートと襟の部分が赤なのだが、襟のラインは黄色で、
スカーフの色は青だ。オーソドックスだが印象は悪くない。
半ば無意識のうちにその制服を手にとり、胸にあててみた綾香は、これが
自分にピッタリのサイズであることに気が付く。
「これ、あたしの……?」
ちょうどそのとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「あ、ハーイ、どうぞ」
彼女の答えにドアが開く。入ってきたのは……見慣れた姉、芹香の姿だった。
ちょっとホッとする綾香。だが、次の瞬間、彼女はおよそ信じられない光景
に硬直することになる。
「綾香ちゃん、夕食の準備ができたそうよ。いっしょに行きましょ」
いつもの囁きではない。やや控えめな口調だとはいえ、ハッキリ聞こえる声
で芹香が自分に話し掛けてきたのだ。
「姉さん……よね?」
思わず確認する綾香に、芹香はニコッと微笑んで見せた。
「なあに、いつもは"芹香ちゃん"か"お姉ちゃん"って呼ぶくせに"姉さん"だ
なんて。さては何か頼みごと?」
笑顔を見せる芹香に再びショックを受ける綾香。もちろん、姉が無表情に
近いとはいえ、決して感情がないわけではないことは知ってる。人並み外れ
て感情表現が不器用なだけなのだ。常々そのことで姉が他人に誤解されるこ
とを悔しく思っていた綾香だが、こうもあっさり変貌されると、さすがに気
味が悪い。
「あ、いや、なんでもないの、ハハハ……そ、それよりご飯よね」
事の真相にある程度気づきながらも、綾香は懸命に平静を装い、姉の後に
ついて食堂へと向う。
(やっぱり、違うわ、ここ)
世間的に見れば余裕で豪邸の域に入る屋敷だが、来栖川財閥邸のあの非常
識なまでのバカでかさはない。せいぜい市民球場程度の広さだ(……って、
書いててなんか腹がたってきた by筆者)。
食堂では、すでに両親と祖父がテーブルについている。こちらは幸い芹香
の知ってる彼らとそっくりだったため、混乱せずに済んだ。
(−あのとき、別の世界に来ちゃったんだろうな、私)
姉の−という訳では厳密にはないのだが−部屋であの鏡に向って倒れ込ん
だとき、どうも元の世界とよく似た別世界、パラレルワールドに迷い込んだ
のだろう。きわめて非常識だが、ここまでの経緯を考えると、それがいちば
ん妥当な結論のようだ。しかも、綾香には、その「非常識」を可能にする人物
に心当たりがあった。
(きっと、原因は姉さんの魔術よねぇ……)
まあ、元の世界で自分がいないことに気づけば、何とか元に戻す方法を模
索してくれるとは思うが……。
と、ここまできて、はたとあることに気づく綾香。
(アレ? そうするとこっちの世界の私はどこ行っちゃったワケ?)
こうして自分が受け入れられているところを見ると、少なくとも、この世
界に自分とそっくりの「綾香」が存在していた事は確かなのだろうが……。
(やっぱ、入れ代わりに向こうの世界に行ってるのかしら?)
もしそうだとすると、あちらの「綾香」が事態に気づいて、芹香たちに助け
を求めるのを期待するしかなさそうだ。
上の空で食事を終えて部屋に戻った綾香は、しばらく考え込んだあと、自
室の向かいにある芹香の部屋を訪ねた。
「やほー、姉さ……お姉ちゃん、今ひま? ちょっとお話してもいいかな?」
「え……いいけど、なぁに?」
(なにはとあれ、情報収集だけはしておかなくっちゃね)
こちらの芹香も決して饒舌というわけでは無かったが、綾香が頭をフル回
転させてひねり出す質問に、親切に答えてくれる。
15分ほどの会話で、綾香にはこちらでの「自分」と周囲の状況が大体は飲み
込めた。
芹香にお礼を言って自室に戻り、バフッとベッドの上に寝転がると、綾香
は早速情報を整理してみた。
(よーするに、こちらのあたしたちは同じ高校に通ってて、あたしはテニ
ス部に所属。姉さんはこっちじゃ魔術なんてあやしいモンに手は染めてなく
て、健康的に水泳部に入ってると。で、本人の口からハッキリとは聞けなか
ったけど、姉さんは学園のマドンナ……って死語よねぇ。ま、とにかくそん
な風に周囲からは見られてるってわけね)
もっとも、本人はそんな風に扱われることを内心嫌がっているようだが。
(−で、唯一自分を「普通の女の子」として扱ってくれる、藤田浩之に密か
にあこがれている……っと。はあ、やっぱこっちにも居るのね、浩之が)
こちらの浩之も、やはり向こうと同じような性格をしているのだろうか?
ぶっきらぼうで、面倒くさがりで、ちょっとスケベで。
でも…優しくて、自然体で、いちばん大事なことはちゃんと知ってる少年。
姉さん−芹香が好きになるくらいなのだから、きっとそうなのだろう。
(おまけに、こっちじゃ姉さんと同級生…クラスメートなのよねぇ。まぁ、
その分、あたしも同じ学校だから、ハンデは差し引きゼロというところかな
……って、何考えてんのよ、あたし!?)
ブンブンッ!!
慌てて頭を振って、「雑念」を追い払う綾香。
「と、とにかく、しばらくこっちで暮らすしかないみたいだから、あやし
まれないようにしなくちゃね」
* * *
綾香が"こちら"に来て3日が過ぎた。
何度かあやうい場面はあったものの、いまのところかろうじてボロは出さ
ずにすんでるようだ。
いちばんネックだったテニス部のほうも、天性の運動神経と動体視力に加
え、お嬢様のたしなみ(?)としてひととおりマスターしていたため、幸いそ
れほど不自然ではなかった。
今日も部活を終え、制服に着替えて帰ろうとするところに、背後から声を
かけられた。
「よ! 綾香ちゃんじゃないか。いま帰り?」
「! 浩之…先輩」
こちらでは浩之のほうが1年先輩ということになっているので、一応言葉
使いには気を配る。
「よかったら、途中までいっしょに帰んねえか?」
「は、はい!」
ドキドキドキ…………。
コラ、どうしてこんなことぐらいで高鳴るのよ、心臓!
何か話題を捜さなきゃ。えーと……。
「−あのぅ、姉さ…お姉ちゃんって、クラスでどんなふうですか?」
途中で浩之と別れ、家に帰り着いた綾香は自己嫌悪の嵐に襲われていた。
やや乱暴に自室のドアを開けて中に入ると、後ろ手にドアを閉め、そのま
ま力無くカーペットに座り込む。
「あーあ、こっちでも、か……」
芹香のことを語るときの表情を見れば、浩之の気持ちは大体推し量れた。
「チェッ、チャンスあると思ったんだけどなぁ」
それなりの血筋と財力を持つとはいえ、来栖川財閥ほど桁外れの大金持ち
でないぶん、こちらの家−桜木家は綾香にとって居心地のいいものだった。
学校も寺女のようなお嬢様学校ではないれっきとした共学校だし、姉の芹
香がそれなりに明るいのも悪くない。
綾香としてはこのままこちらで生きることになったとしても、さほど文句
は無かったのだが……。
(ただ、浩之が、ねぇ)
こちらの浩之は芹香に好意を抱いているらしい。それに、いきつけの喫茶店
でバイトしているケンカ友達の志保や、陸上部にいるクラスメート、レミィら
とも仲がいい。親友の彼女であるあかりと"関係"したという噂さえあった。
(噂が全部本当だなんて思わないけど……)
少なくとも、そういう噂が立つ程度には、女の子に節操がないってことだ。
あちらの浩之は、もう少し恋愛に関してストイックだったように思う。
(−って、そうでもないか)
芹香、葵、あかり、マルチ、セリオ……といった顔を思い浮かべて苦笑する
綾香。
「まぁ、なにもかも理想的ってわけにはいかないか」
ノロノロと立ち上がり、セーラー服を脱ぐと、下着姿のまま鏡台の前に立つ。
「結構イイ線いってると思うんだけどなぁ−浩之のバカ」
コツンの鏡に額をぶつけて、そんな乙女チックな感慨にふけ……ろうとした
綾香の身体は、そのまま鏡に吸い込まれる。
「エエーッ、またァ!?」
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