3.Four Sisters


  気がつくと、フトンの上で天井を見つめていた。

  前回のことで一応心構えができていたため、今回はどうやら意識を失わず
にすんだようだ。

  部屋の中を見回すと、今回はあきらかに様子が異なっていた。

  広さはそこそこだし、インテリア類の趣味はいかにも自分が選びそうな
ものなのだが、部屋自体が畳敷きの和室になっているのだ。柱や壁の具合
からして、ここは純和風のお屋敷、それも相当古いもののようだ。

  「綾香おねーちゃーん!!  たいへんですぅ」

  綾香が自分の置かれた状況を把握するまえに、ひとりの少女が部屋にパタ
パタとスリッパを鳴らしながら飛び込んできた。

  「あなた……マルチ!?」

  「はい、丸智ですけど?」

  かわいく小首を傾げる姿は、確かに綾香も1度見たことがあるメイドロ
ボHMX−12のものだった。ただし、いつもの制服姿ではなく、白地に
青のストライプが入ったカットソーと、赤いミニスカートといういでたち
だが。ぴょこんと前髪がひと房跳ねている様も愛らしい。

  「あれ、メイドロボって耳のセンサーカバー外しちゃいけないんじゃな
かったっけ?」

  「? なんのことですか、綾香お姉ちゃん?」

  しばし見つめ合うふたりの少女。

  ガッシャーン!!!

  遠くから聞こえる何か食器が割れるような音に、先にマルチの硬直が解ける。

  「そ、そうだ、こんな事してる場合じゃなかった。たいへんなんです! 芹香
お姉ちゃんが、今夜の夕食作るってはりきってるんですぅ」

  「あ、あの姉さんが料理……?」

  「−芹香姉さん、気合入ってるわ」

  背後から聞こえる静かな囁きにビクッと振り向く綾香。

  いつの間にか彼女の後ろには、ひとりの少女が立っていた。

  綾香はこの少女を知っていた。

  いや、正確にはこの少女があと2、3歳育ったらなるであろう姿と名前を。

  「……セリオ、よね?」

  赤味を帯びた髪をオカッパにした少女がコクンと首を振る。

  「それで、芹香姉さんが何なんだって?」

  2度目ということあってか、綾香の順応は早い。どうやら、この世界では
芹香以外に、マルチやセリオとも姉妹らしい。まあ、2体とも来栖川傘下で
開発されたのだから、関係があると言えばあるのだが……。

  「−浩之さんが来ると電話があったの」

  「芹香お姉ちゃん、お兄ちゃんが来ると知った途端、鶴来屋の仕事を早退
して家に帰って来ちゃったんですぅ」 

  どうやらこの世界の芹香はすでに社会人として働いているらしい。

  に、しても浩之が"お兄ちゃん"とはどういうことなのか?

  綾香がその疑問をさりげなく切り出そうとした瞬間……。

  ガチャーン!  バリバリバリ……。

  さきほどよりさらに派手な破壊音が台所とおぼしき場所から聞こえて来る。

  「−とにかく来て」

  「お願いしますぅ」

  ふたりの"妹"の懇願に負け、事態を完全に把握しないままとりあえず台所へ
急ぐ綾香。だが、台所に一歩足を踏み入れた途端、彼女は言葉を無くした。

  "惨状"という言葉がまさにピッタリな状態だった。

  床には割れた皿2、3枚分の破片が散らばっている上、料理の材料らしき
野菜の皮−厚さ1センチ以上に剥かれたそれを皮と呼べるのならば、だが−
やソースの類があちこちに散乱していた。

  流しには、焦げ付いたフライパンやら大きくへこんだ中華鍋(いったい、ど
ういう料理の仕方をすればこうなるのだろう?)やらが無造作に水につけられ
ている。

 テーブルの上には、「中華風酢の物ともプロヴァンス風オードブルともつか
ない、じつは単なる野菜炒めのなれの果て」とか、「一見ブタの丸焼きかペキ
ンダックのようにも見えるが、本当は揚げ魚の甘酢あんかけになるはずだっ
たもの」といった、失敗料理の見本というべき品が数皿並んでいる。

  台所の惨状を見たとたん、キレイ好きなマルチはクラッと意識を失い、セ
リオは「ポンッ」と綾香の肩を叩いた。「あとは任せた!」というコトらしい。

  すべての元凶は、シチューかカレーの類を煮込んでいるらしい寸胴鍋の前
で、鼻歌混じりに鍋の中身をかき回している女性にあった。

  「あ、綾香、もう起きたの?」

  つややかな漆黒の髪を腰まで伸ばし、藤色のツーピースを来たその女性は、
確かに綾香が知る姉の4、5年後の予想図とピタリと一致した。

  ニコニコニコ……。

  前の世界である程度慣れていたため、"芹香の無邪気な笑顔"にショックを
受けることは無かったものの、やはり違和感はぬぐえない。

  「ごめんなさいね、お台所は綾香の管理下にあるってことは重々承知してる
んだけど、浩之さんが来るからには、たまには私料理してみようかなぁ……
なんて。ちょっと汚しちゃったのは謝るわ」

  チロッとかわいく舌を出して謝る芹香の様子に、綾香は、

  (これのどこが「ちょっと」なのよォ〜!!)

  と心の中で突っ込みを入れることしかできなかった。

          *                                     *

  「ハアーッ、し、死ぬかと思った」

  自室の机の前で頬肘を突き、ガックリとうなだれる綾香。

  あのあと、好奇心に負けて、よせばいいのに鍋の中身を試食するなどと
いう愚行を犯してしまったのだ。

  予想を上回り、ひとくちだけで強烈なトリップ感覚が味わえる代物だった。

  姉の抗議をものともせずに黙ってすべての料理を廃棄し、冷蔵庫のありあ
わせのものでカレーシチューとサラダを作る。

  特別料理が上手というわけではないが、綾香とて17歳の乙女の平均レベル
の料理ぐらいなら作れる。

  いや、たとえ小学生が家庭科の時間に作った野菜炒めとゆでタマゴでも、
芹香の料理と比べれば、ごちそうと言えるに違いない。

  (あれは…人間の食べるべき代物ではないわね。料理という言葉に対する
冒涜、いえ挑戦だわ)

  胸のなかでしみじみと感慨にふける綾香。確かに、マルチたちの慌て振り
もわかる。

  (それにしても、こちらの浩之がまさか従兄とはね)

  東京でひとり暮らしをしているという浩之は、ちょうど夕飯時分にこの柏
木家に到着した。無論、4姉妹あげての歓迎になったことは言うまでもない。

  20歳の大学生になった彼に会ったときは、ちょっとドキドキしたりもした。

  でも……。

  (やっぱりあの様子じゃ、姉さんとラブラブなのよねぇ。もうっ、こっちの
"あたし"ってば何やってんのよ!)

  と、そこまで考えて苦笑する。

  (あたしもひとのこと言えないか)

  しばらく迷った末に決断し、綾香は古めかしい姿見の前に立った。

  そろそと鏡面に右手を伸ばす。

  予想どおり、右手はほとんど抵抗もなく滑らかな鏡面を突き抜けた。

  一瞬の躊躇いのあと、綾香は勢いよく鏡の中へと突っ込んで行った。






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