4.Your Own Place
あれから、綾香はいくつもの"世界"を巡ってみた。
2086年の未来。芹香と綾香は親友同士で異星人。銀河連邦に加盟した地球
の平和を守るべく、東京−そのころはイースタンメトロポリスと名を変えて
いたが−に赴任してきた連邦警察の捜査官で、浩之がその直属の上司という
世界。芹香が"霊力のある司祭"という設定がハマっていて笑える。葵が自分
の妹分で、格闘型のバイオロイドというのも妙に納得できた。
19世紀末のイギリス。芹香と綾香は田舎に住む貴族の姉妹。浩之は未来か
ら来た訪問者だった世界。案の定、屋敷にはマルチとセリオがメイドとして
仕えていた。家庭教師のトモコという女性には見覚えは無かったが。
さらに時代をさかのぼった南欧のとある小国。綾香自身はお転婆で名高い
王女。芹香はその従姉で病弱な大貴族の娘。浩之は東洋から来た傭兵……と
いう役回りの世界。
あるいは、現代の日本。綾香たちはごくありふれた家庭の仲のいい姉妹で、
バイト先のファミレスで浩之と出会う……なんてシチュエーションもあった。
様々な世界、様々な3人の関係。
ただ、その全てに共通していたのは、浩之が綾香ではなく芹香に惹かれて
いるというその1点。
仲睦まじいふたりの姿に耐え切れず、別の世界に逃げ込んでも、結局は同じ
ことの繰り返し。
綾香はつくづく自分の男運の無さが嫌になった。
これほどまでに自分が浩之を好きだったのだという事実を再確認する。
言うならば、何度も生まれ変わって再び出会っているようなものなのだ。
それでも浩之のことは一目でわかったし、彼に対する好意は変わらなかった。
そして、それに気づいたとき、綾香の心の中にひとつの決意が生まれた。
(帰ろう、元の世界へ。私のいるべきあの場所へ……)
そう。多分、自分は逃げていたのだ。
浩之がいつの日か姉を選ぶのではないかという恐れから。
そして捜していた。
浩之が自分を選んでくれる世界を。
でも、たとえ、そんな世界が見つかったとしても、その浩之は私の浩之
じゃないし、選ばれたのも自分じゃない。
それならば。
たとえ可能性が低くても、いろいろとハンデがついていても、自分自身
の居場所で、彼を勝ち取る努力をしたい。そう、まだ可能性はあるはず。
(元の世界へ……)
一心にそう念じながら、綾香は鏡の"門"をくぐった−−。
* *
気が付いたとき、綾香は再びあの薄暗い部屋の魔法陣の上に倒れていた。
ゆっくりと身を起こして頭を振る。
「夢…だったの?」
「……」
「え、「お帰りなさい」って…ね、姉さん!?」
では、やはりあの体験は夢では無かったのだ。
「もう! 姉さんのおかげでヒドイ目に遭ったわよ。「すみませんでした」?
ふふ、まぁ、結構おもしろかったのも確かだけどね」
パンパンッと服の埃を払いながら立ち上がる綾香。
「ま、姉さんにはひとつ感謝してるから」
(そう、あの人への想いをハッキリと自覚できたからね)
「?」
「あ、いや、こっちの話」
今は、まだ口にする必要のない言葉。
もしかしたら、彼を巡ってこれまでのような仲良し姉妹ではいられなく
なるかもしれない。あるいは、このまま姉と彼が結ばれるのを見て涙にく
れる日が来るのかもしれない。
それでも。想いを曲げることはしたくないから。
自分自身の場所で、自分自身として、この想いを大切に育てていこう。
綾香は、そう心のなかで誓っていた。
<E N D>