「あっ、保科さん、いらっしゃい」
明るい髪をボブカットにしたやや垂れ目気味のかわいい、そして何となく小犬チックな女子高生。
「やっ、保科さん、いらっしゃい」
栗色の髪をショートのシャギーにした、なかなかの美少女なんだけど見るからに一癖有りそうな女子高生。
「やあ、委員長、いらっしゃい」
あくまでも爽やか、そしてカワイイ系のスポーツマンタイプの高校生。
智子を迎える三者三様の挨拶。全員智子と同じ高校の制服を着ている。
「神岸さん、長岡さん、佐藤くん、おじゃまするで」
神岸あかり、長岡志保、佐藤雅史、そして彼女を玄関で迎えた藤田浩之は智子の通っている西高で各人それぞれに有名な仲良しグループだ。西高の料理の鉄人、神岸あかり。歩くワイドショー、あるいは西高のCIA、長岡志保。サッカー部のエース、西高初のインハイ出場の立役者、佐藤雅史。そしてエクストリームの全国二位でありながらオカルト研究会などという妖しげな部活にも入り浸り、魔女の上級生やら超能力者の下級生やらを手なずけて何かを企んでいる(という噂もある)校内きっての正体不明な有名人、藤田浩之。
三人は床に敷いたクッションの上に座り、テーブルの上に教科書とノートと参考書を広げていた。
「これ使ってくれよ、いいんちょー」
新しいクッションを志保の隣において、浩之が智子に腰を下ろすように促す。
「さっ、メンツもそろったことだし、本格的に始めるぞ」
「何を?」
「………」
「………」
「………」
「……あ〜か〜り〜〜」
ペシッ
「きゃ」
「……ったく、お約束なボケをかますんじゃねえ」
「ゴ、ゴメン」
クスクス笑う志保。しょうがないなあ、という顔で苦笑いする雅史。そして智子は…目が点になっていた。
「見ろ、委員長が呆れてるじゃねえか」
「ゴ、ゴメンなさい、保科さん」
プッ…
「…な、なんやの、それ…プックック…今時受け狙いの駆け出し芸人でもそんなベタなネタやらへんで」
声を噛み殺して笑い続ける智子。こんなしょーもないネタでうけるとは。ツボにはまるというやつか?
「……良かったな、あかり。うけてるぜ」
「……あんまり嬉しくない……」
「さ、さあ、気を取り直してやるぞ。期末まであと一週間なんだからな」
「そ、そやね。始めよか」
ようやく笑いの発作から解放された智子が持参したノートを広げる。今日の目的はベタベタの夫婦漫才を鑑賞することではなくて三学期末定期試験の試験勉強だとようやく思い出したのだろう(そんなはずはないけど)。
「ねぇ、この問題なんだけど………」
「だからここの公式が………」
「ちゃうって、そこはやなぁ………」
「これ?ここはね………」
試験範囲をチェックし、お互い自分のわからないところを教わり合う。
「そういえばさぁ、バスケ部でね」
「志保ったら、まだ10分くらいしか経ってないよ?」
……………
……………
……………
……………
「ねぇ、知ってる?この前軽音部でね」
「志保!?集中しなきゃ駄目だよ?」
……………
……………
……………
……………
「寺女の子に聞いた話なんだけど」
「オイコラ、志保。テメェ、自分の立場わかってんのか?今度の定期試験で赤点とったら進級も危ないからって泣きついてきたのはオメェだろが!?わざわざ委員長にまで来てもらってんだぞ?」
「うっ…なっ、何よ、この裏切り者……保科さんとつきあい始めたら途端に優等生になっちゃって…(ブチブチブチ)」
「裏切り者だぁ?人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ。部活の無い日はちゃんとオメェとあかりにつきあってるじゃねえか。それに委員長とはつきあってるわけじゃねぇ。勉強を教えてもらってるだけだ」
「そ、そうや!うちも藤田くんに数学やら物理やら教わってるしな。お互い様ちゅうやつや」
何故か焦った様子で付け加える智子。何を焦る必要があるのだろうか。フッフッフ、もしかして?だが、そのことへのつっこみは無かった。
「それよ!」
突如叫んだ志保の剣幕が智子の不自然な態度を覆い隠したのである。
「何でヒロが理系トップな訳?一年前まであたしとどっこいだったじゃない!?クラブ二つも掛け持ちしていつガリ勉してんのよ!?」
西高は別に進学校という訳ではないが、2年の後半になると一応文系コースと理系コースに分かれる。そして前回試験の2年文系トップが智子、理系トップが浩之だった。
(そうなんよね……)
智子も以前から疑問に思っていたことだ。
(進級して真面目になった、だけでは片づけられない急上昇やもんね……何かあったんやろか?)
智子は週4回塾に通っている。実を言えば、神戸の大学を受験する為、という元々の目的は無くなっていたけど、努力をやめてしまうのは何だかもったいなかったし、浩之と勉強を教え合うという新しい励みも出来た。智子が文系トップをキープしているのはそれだけの時間と努力を費やしているからだ。しかし、浩之はそれほど多くの時間を勉強に充てている訳ではないはず。毎日かなりの時間を部活に使っているし、エクストリームとかいう競技のトレーニングもある。余程集中して勉強しないと成績を維持するのも難しいと思う。
「フッ…俺は目標のある男だからな」
わざと芝居がかった調子で冗談めかして見栄を切る浩之。対志保用神経逆撫でのポーズ。
「キーー、偉そうに〜〜」
あかりと雅史は二人のそんないつもの掛け合いを見てクスクス笑っている。
(目標かぁ……)
「浩之ちゃん、マルチちゃんみたいなロボットを作りたいんだったっけ?」
「AIだ。ボディの方は興味ねー」
「AIって?」
「人工知能だよ、あかりちゃん」
「ああ、それで図書室ではいつも心理学関係の本を読んでるんやね?」
「まあな」
(そっか、藤田くん、しっかり将来の目標決めてるんや……ウチは何がしたいんやろ…?)
「ちゃんと目標がありゃあ時間なんて関係ないんだぜ?要は集中力。クラブやってたってそれで勉強が出来なくなるってもんでもねえよ。雅史だってちゃんと両立させてるだろが。オメエもあっちフラフラ、こっちフラフラつまんねー噂話ばっかに熱上げてねえで何がやりてえのかマジに考えてみろよ」
「うっ……」
「さっ、この話は終わりだ。とりあえず目先のことを片づけるぞ」
……………
(神戸が懐かしくない訳やないけど…あっちに戻りたい気持ちが無くなった訳やないけど……でも、ここを離れるのも嫌や。今のウチの居場所は多分こっちや……)
―――あの雨の日から
……………
「あのさあ…」
「志保!」
……………
(でも、そやったらウチは何がしたくて塾通いまでしとんのやろ?)
「ねえ、知ってる?」
「志保!?」
……………
(元々本を読むんは嫌いやないし、勉強かて苦痛には思わんけど……あの日までは大学に受かるとこまでしか考えてなかったからなぁ)
「そうだ、とっておきの」
「コラ、志保!!」
……………
(そもそもウチはなんでこっちに残りたい思うたんやったっけ?)
思わず視線が浩之へと向いてしまう。
(そっか……藤田くんと離れたくないんや……)
(藤田くんは別にウチの恋人いう訳やない……)
(離れ離れになってしまえばそこまでかも……)
(あの日、同じ夜を過ごしとったら、こんな気持ちにならんかったやろか?恋人同士やなくても、体でつながっとったら……)
(それとも、もっと不安になったやろか……)
「そう言えば」
「ダーーー!」
スパァァァン
「☆□△※○◇▽◎……」
突如雄叫びを上げた智子の一閃に後頭部を抑えてうずくまる志保。
「長岡さん、ええ加減にしいや!ちっとも考えがまとまらんやないの!!」
「……どうでもいいけど、委員長、そのハリ扇、どっから出したんだ?」
「こんなん標準装備や!常識やで!!」
「そうなのか……?」
「あたし知らない……」
「僕も……」
呆気に取られたまま呟く浩之、あかり、雅史。
「細かいことは気にせんどき!!」
(そうや、細かいことをグチグチ悩んどってもしゃあないわ!一緒にいたい男友達。それでええやないの)
自分の台詞に自分で勝手に自己完結した智子は、妙に晴れやかな顔で、まだ回復できずにいる志保にこれまた妙に優しい声で……宣言した。
「決めたで、長岡さん」
ようやく頭を上げた志保は、優しそうな声にもかかわらずそこに何となく不吉なものを感じてわずかに後退さる。
「残りの一週間、ウチがみっちりしごいたる」
ニコッ
サーーッ
聖母の微笑みを見せた智子、途端に顔面蒼白となる志保。智子の両手は嬉しそうにハリ扇を弄んでいる。
「さ、早速始めるで!とりあえず練習問題こっからここまでや。終わるまで無駄話したらハリ扇やで!」
「そんな!」
「……よかったね、志保」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ雅史!」
スパァァァン
「☆□△※○◇▽◎………」
「無駄話したらあかん言うたやないの!早よやりい」
「……保科さんに教えてもらえるなんてラッキーじゃない、志保」
「あ、あかり!あんたまであたしを見捨てるの!?」
スパァァァン
「☆□△※○◇▽◎…………」
(切れたな、委員長……)
切れた時の智子がどうなるか、浩之はゲーセンで何度も経験している。そう、何を言っても無駄だと。
(クールな振りをしてその実、熱い性格だからなぁ……)
かといって、冷めやすいという訳ではない。試験開始までの一週間、間違いなく今の状況が続くだろう。
(よかったな、志保。何とか落第だけは免れそうだぜ……無事に試験が受けられれば、の話だけど)
瞑目する浩之。口喧嘩の絶えない二人だが、この時ばかりは志保の無事を祈らずにはいられない。その間にも目の前で繰り広げられる過激なドツキ漫才。
(まっ、いいか。ちょっとばかし過激なじゃれあいだけど、友達付合いは高校生の本分だもんな……)
……ヲイ、それでいいのか、浩之?
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