戻る


(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart" Another Side Story

  ステキなたくらみ Side B





 何週間か経ち、3日後の寺女の文化祭当日に向けて、最初の音合わせの日がやってきた。
 ちなみに今日は祭日で、明後日の土曜にもう一度練習。文化祭当日は日曜日だ。
 今日までの間、オレは自宅に送られてきた(なんで住所知ってんだ!?)デモテープ
を聞き、歌詞カードを穴の空くほど読みつづけ、一人風呂場で歌ったりしながら自分な
りに練習をしてきた…つもりだ。
 一緒に楽譜も送られてきたが、さっぱり解らなかった…。

 初めて足を踏みいれる寺女の敷地内。
 門構えからして、オレ達の学校とはえらい違いだ。
 校門から玄関まで、一点透視でデザインされたかの様な長い道。
 その両脇を、広葉樹の並木が整然と植えられている。
 白い石畳で舗装されたその道と、大理石で作られた玄関は、まるでギリシャの建造物
のようだ。(行った事はないけどな)
 多分に場違いなオレは、少々気押されつつ玄関をくぐる。
 そこに綾香がいた。
「すまんすまん、お待たせ。」
 いきなり謝るオレ。
 じつは10分程、待ち合わせに遅刻していたのだ。
「…この私を待たせるとは、なかなかいい度胸ね?」
 うっ。
 目線が冷たい。
「わ、悪かった。このとーり!」
 パン、と顔の前で両手を合わせて拝む。
「…まぁ、言い訳しない姿勢に免じて許してあげるわ。もう遅れないでよね。」
「へへーー。」
 オレは両手を合わせた姿勢のまま、深々と御辞儀をした。

  ・
  ・
  ・

 先に立って案内をしてくれる、綾香の後を歩いていく。
 寺女の校舎の一画、クラブハウス棟と思われる建物の一室が、練習場という事だ。
「ここよ。」
 扉の上のプレートには、”第3音楽室”と書かれている。
 その部屋へ入った時、オレはアゴが外れるかと思った。
 クラブ用の部屋とはとても思えない広さ、優に20畳はある。
 しかもありとあらゆる器材が並び、その中の一つをとってもプロ仕様の高級品だ。
 さらに部屋をガラスで区分けして、スタジオとミキサールームが別々に存在するとい
う豪華さだ。
 これで”第3”という事は、第1や第2はどんななんだ!?
 金っちゅーもんはあるとこにはあるもんだな。
「さあどうぞ、学校の施設だからあんまりたいしたことないけど。」
 おいおい、そこまで言ったらイヤミだぞ。
「う、うっす。」
 間抜けな挨拶をしながら室内に入る。
 そこにはすでに、何人かのバンドメンバーらしき女生徒がいた。
 全員制服着用だ。
「こんにちわ〜。」
「始めまして。」
「こんにちわですぅ。」
 それぞれの口から挨拶が返される。
 う〜む、なんというか緊張してしまうなぁ。
 小学校の時とかに、なんかの用事で別のクラスへ足を踏み入れた時の感覚に近いというか。
 そんな感じだ。
 そんなオレの様子を綾香は面白そうに見ている。
「ふふっ、なにガラにもなく緊張してるの? いつものノリで頼むわよ。」
 簡単に言ってくれるぜ。
「じゃあ浩之、自己紹介、お願いね。」
 へいへい。
「名前は藤田浩之、通称”ヒロ”だ。なんのとりえもないごく普通の高校生、ここにい
るのは綾香との勝負に負けたから。歌ははっきり言って大したことない。まぁ足手まと
いにならんよう頑張るつもりだ。よろしく。…っとこんなとこかな。」
 オレが簡単に自己紹介を終えると、なにやらバンドのメンバーがざわざわしだした。
「綾香さまの事、『綾香』って呼び捨てよ…」
「やっぱり噂は本当でしたのね…」
「でもちょっと粗野な所が魅力的かも…」
 なんかおかしな事になってきてるぞ。
「ちょ〜っとあんたたち、まだ下んない噂信じてたの。いいから彼に自己紹介してちょ
うだい。」
 バンドメンバーは何か言いたげだったが、順にオレに向かって自己紹介しだした。
 一通り自己紹介を終えると、さっそく練習が始った。
 楽器はギター、ベース、キーボード。ドラムスは都合がつかなかったらしく、パソコ
ンに繋がれたメカで代用している、そのオペレータが一人。加えて綾香とオレの6人だ。 
 …ちなみにオレ以外は全員女生徒だ。(当たり前かもしれないが…)
 ドラムが本物じゃないと聞いて、迫力不足になるんじゃないかと思ったんだが、実際
に聞いてみるとなんのなんの、結構な音が出せている。
 技術の進歩ってのはすごいねぇ。
 他のコ達の演奏も、なかなか堂に入ったもので、オレの方が逆に気押されしちまいそ
うだった。
 無論腕力が要るようなパワードライブは無理だが、選択された曲に激しい物が入って
いないので大丈夫、とは綾香の弁だ。

 オレと綾香がデュエットする曲は、さわやかな初夏のイメージの軽快なポップスで、
お互いの歌詞が掛け合いの様になっている(よく演歌でやるアレだ)歌だ。どこかのグ
ループの歌を綾香がアレンジしたらしい。
 しかし綾香って何でも出来るんだな…。
 日本最大手の財閥の令嬢でありながら、先進の格闘技エクストリームの女子チャンピ
オンで、歌も上手い。
 見た目もかなり美人の部類に入るし、しかもお嬢様特有の気品とそれに似つかわない
気さくな性格のアンバランスさが不思議な魅力となっている…。
 ………。

「ちょっと浩之ってば!!」
 え? 
「…もぅ、どうしたの? そこ浩之のパートよ。」
「あ、わりい。」
「…気楽にとは言ったけど手を抜いていいとは言ってないから。」
 ぐっ。
 たまにキツいんだよな…。
「す、すまん。」
「じゃあもいっかい頭からね。」

  ・
  ・
  ・
  ・
  ・

 歌のパートを綾香と合わせたり、それぞれの楽器の音に合わせて歌ったりと、初めて
の経験ばっかりだったが、なんとか今日の練習はお開きになった。
 まぁうまく行った方じゃないだろうか。 

              *

 どでかい校門で他のメンバーと別れ、オレと綾香はいつものヤックの二階にいる。
 綾香が、『どっか寄ってこっか?』と言ったのを承諾したのだ。
 ヤックを提案したのはオレだ。
「こういうトコ、よく来んのか?」
 二人分のメニューの乗ったトレイをテーブルに置きながら聞く。
「う〜ん、実はめったに来ないのよね。」
「だろうな。」
 八分ほど埋まった店内は、ほとんどがオレ達と同じ学生だ。
「でもこういう雰囲気は嫌いじゃないわ。」
「そう言ってくれると助かるぜ、こっちはこことこないだのファミレスぐらいしかレパー
トリーが無いからな。」
(さすがにカツ丼屋には連れてけないからな…、いや、意外に喜ぶかも)
 などと考えながら、ハンバーガーを包んだ紙のラップを広げる。
「こうしてるとデートしてるみたいよね。」
 ぶっ。
 口に入れたバーガーが飛び出そうになった。
「ちょっとぉ、そのリアクションはないんじゃないの?」
「ととと突然んなこと言うからだ!」
 慌てたオレの手の中にあるバーガーから、ケチャップの塊がポトリと落ちる。
「わっ」
 ケチャップの塊は、オレの制服のズボンの上に落ちた。 
 テーブルの上にある紙ナプキンを5、6枚まとめて取ると、落ちたケチャップを急いでぬぐう。 
「あ〜あ、だらしないわねぇ。」
 そう言うと綾香も紙ナプキンを手に、オレのズボンの上を拭きだした。
「い、いいって、自分でやるから。」
 綾香の手が太股の上に触れる感触に、なんだか照れてしまう。
「つまんない事遠慮するんじゃないの。」
「い、いや、しかしだな…」
 そんなとこ触られてたら、なんだか妙な気分になってきちまうじゃねえか。
 …なんて言えるわけもなく、そのままズボンの汚れを拭い続けるオレ達。
 身体の一部に変化が起きないよう、気を使う。
「まぁ、こんなもんでしょ。」
 なんとか拭きおわった時には、テーブルの上の紙ナプキンはほぼ無くなっていた。
「ああ、さんきゅ。」
 ちょっとどぎまぎしているオレ。
「デートの時、こういうとこよく来るの?」
 オレの言葉を無視して続ける綾香。
「い、いや、友達とかとはよく来るけど、デートなんてした事ねえよ。相手もいないし。」 
「そうなの? ガールフレンドとかいるんじゃないの?」
「幼馴染みにケンカ友達てのはいるけど、そういうんじゃねぇよ。」
「芹香姉さんは? 葵は?」
「あのなぁ…、仲良くなったら全部彼女じゃねえだろうが。」
 なんだか必死に釈明しているオレ。
 浮気がバレた亭主ってのはこういう気持ちなんだろうか。
 って綾香がオレの配偶者ってわけでもないのに何を考えているんだ。
 いかん、なんか思考がパニクってるぞ。
「…ふうん、幼馴染みにケンカ友達ね…」
 そこ、妙なトコを復唱するでない。
「そ、そういう綾香はどうなんだよ?」
 苦し紛れにに切りかえしてみるオレ。
「私?」
「そう」
「あるわよ。」
「え?」
「デートでしょ、何回かしたことあるけど?」
 意外な答えにオレはちょっとの間思考が停止した。
「そ、そっか…」
 芹香先輩にリムジンの迎えが来るぐらいだから、来栖川家はそういうのには厳しいと
思ったんだが…。
 いや、冷静に考えれば今だってオレみたいなのとダベる時間があるんだから、物理的
 には充分可能…しかもこれだけルックスが良いんだからデートぐらいしてて当然か…。 
 なんだか胸の奥がヒリヒリする。
「まぁ、正確に言うとお見合いだけどね。」
「おみあいいぃ?」
 またまた意外な答えに声が大きくなる。
「ウチの都合ってやつよ。相手は大会社の御曹司や政治家のドラ息子とか、そういった
連中。まぁビジネスの一環ね。」
「はぁ…」
 なんだかまた世界の違う話になってきたぞ。
「ろくに女の子と口もきけない男とか、やたらなれなれしい成り金とか、そんなのばっ
かし。で、そういうのに限って、決まったように高級レストランだとか、何とかってい
う有名シェフの店だとか、そういうとこに連れてかれるわけ。楽しかった事なんて一度
もなかったわ。」
 よくドラマなんかで、金持ちのお嬢様が遭遇するパターンだな。
 現実にあるんだなぁ、そういう事。
 オレが思い描いていた、デートのパターンと違ってて、なんだかホッとした。
 …ちょっとまて。
 なんでオレがホッとしなきゃならないんだ?
「そんなの断りゃいいのに。」
 オレだったら断固出ないけどな。
「断ってるわよ。それでも何十回に一回ぐらいは出てあげないと、やっぱりお父様やお
母様に迷惑かかるでしょ? まぁ親孝行の一種だと思ってるわ。」
 何十回…。
 そんなに見合いの申し込みがあるのか…。
「江戸時代じゃないんだから、そんなに結婚させたいのかね〜。」
  くすっ、と笑う綾香。 
「でしょ? 肩書き背負った人間は、変なとこ封建的でイヤよね。」
 そう言ってポテトを一つつまむ。
「しかし17でお見合いか…漫画みたいだな。」
「あら、最初のお見合いなんか15の時だったのよ。」
「げげ、そんなんロリコンじゃねぇか。」
「そうかもね」
 と言って、綾香は肩をすくめた。
「…最初の時はね、すごくイヤだったのよ。」
 心持ち視線を落として、思い出すように続ける。
「ちょうどその時、来栖川家そのものに嫌気が差しててね…、いつも大企業の娘だとか
なんとかで色眼鏡で見られて、勉強でいい成績取っても、”来栖川の子だから当たり前”
だとか、ちょっと先生に叱られたりすると、”来栖川の子なのに”とか言われちゃうで
しょ? ありがちな話だけどそういうのがたまんなかったわけ。」
「まぁ、確かにありがちだな。」
「悪かったわね。で、そういうのと無縁な場所を見つけたくて、始めたのが空手だった
の。それでね、最初のお見合いの時に、『御趣味は?』って聞かれて、『格闘技です』
って言ってやったのよ。相手、豆鉄砲食らったハトみたくなってたわ、面白かった。」
 イタズラっぽい笑顔。
 そりゃ来栖川財閥の御令嬢と見合いして、趣味が”格闘技”なんて聞かされたら、ハ
トじゃなくてもびっくりするだろう。
 「…それからね、空手やってるうちにいろんな事知ったの。いろんな人と出会って、
たくさんの事を学んだわ。そういうのって、決してお金じゃ買えない大切な物でしょ?
だから私は人との出会いは大切にしたい。 結局エクストリームに転向したけど、それ
は、本当は、もっと多くの出会いを見つけたかったからだと思うの。」
 そう語る綾香の瞳は、穢れの無い泉の様に澄んでいた。
 …いい顔してやがる。
「……不思議。」
 紙コップの蓋に刺さったストローを、弄びながら呟く綾香。
「こんな事他人に話したのって、浩之が初めてよ。」
 揺れる漆黒の瞳が、オレの心を見透かすように、まっすぐ向けられている。
「どうしてかな…、私の知ってる男の子って、来栖川の事ばっかり言ってくるのと、逆
に”普通に扱おう”って意識してるのがミエミエのと、そんなのばっかりなのに、キミ
はそのどちらでもないのね…。」
「そういうの、”非常識なだけ”っていうんだぜ。」
 オレは照れてそっぽを向いた。
 綾香は何も言わず、ただやさしく微笑んでいた…。


              *


 土曜日、今日は午後から、寺女で2回目の練習がある。
 授業が終わり、帰り支度をしているオレの所へ、志保がやってきた。
「やっほ〜ヒロ、ヤック行くからつきあいなさいよ。あ、あかり、あんたもね。」
 人の都合を聞かないところがコイツらしい。
「うん、いいよ。浩之ちゃんはどうする?」
「オレは用事があるからいかねぇ。」
「そう…しかたないね。」
 残念そうに言うあかり。
 こいつにはホントの事を言っておいたほうがいいかもな。
「え〜〜、なによそれぇ、何の用なのよ。この志保ちゃんより大事な用があるってぇの!?」 
 こいつは…自分中心に世界が回ってやがる。
 歩く天動説め。
「たりめ〜だ、オメエより大事な用なんて、吐いて捨てるほどありまくるぜ。」
「いったわね〜、もういいわよ! あかり、いこっ!」
 志保がおろおろしているあかりの腕を引っ張る。
「し、志保ったら…、ごめんね浩之ちゃん。またね。」
 そう言うと申し訳なさそうに教室を出て行くあかり。
 さて、うるさいのも振り切った事だし、気合い入れていきますか!

              *

 寺女の校門前。
 もう2回目だというのに、この校門のでかさには圧倒される。
 そのどでかい校門をくぐり、玄関までの長い道を歩いていると、前からここ制服を着
た女生徒二人組が歩いてきた。
「……でさー、やっぱり気になるじゃない?綾香さまのバンド。」
「うんうん、気になるよね〜。」
 まだ20mは離れているのに、会話内容は丸聞こえだ。
 どこにでも声のでかいヤツはいるもんだな。
 オレの頭に、薄い髪の色した、ショートカットの女生徒の姿が浮んだ。
 それはともかく、オレ達のバンドの話題らしいので、気にしないフリをして聞き耳を
立てる。

「でもさ〜、ちょっとがっかりよね〜。」
「なんで?」
「だぁって、最初は綾香さまのお友達っていう事で○○○の○○○が来るって話だった
のよぉ!?」
 声のでかい女生徒は、今女子高生の間で絶大な人気を誇る、超有名ロックバンドの
ボーカリストの名を口にした。
「ええええぇぇっ! ホントぉ? あ〜んすごいショックぅ!?」
「それがねぇ、なんでも急にTVの仕事が入ったとかで出られなくなっちゃったんだっ
てぇ。そんでねそんでね、もう誰でもいいからって、てきと〜に近所の高校の男子選ん
だんだってぇ〜。」
「え〜、そうなのぉ〜。もう、なんかがっかりぃ〜。」
「せっかく○○○をナマで見れると思ったのに〜。」

 二人組がオレの横を通り過ぎる。

(……ねぇねぇ、なんでここに男の子がいるのぉ?)
(ひょっとして例の男子って後ろのコなんじゃない?)
(え〜、もうなんか全然普通じゃん〜、もう見に行くのやめようかな〜)
(あ〜、それあたしも〜)

 聞こえてんだよ…。

 ………。
 ………。
 ………。
 アホくさ。
 なんでオレがショックを受ける必要があるんだ。
 ………。
 ………。

  ・
  ・
  ・

 第3音楽室。 
 さっきからバンドメンバー達の練習する音が聞こえる。
 オレは…
 …………
 ……何もしていない。
 目の前のマイクスタンドをじっと見つめているだけだ。
「浩之。」
 目をやると不機嫌そうな綾香の顔。
「何かあったの?」
「いや…。」
 茫然と相槌を打つオレ。
「ならちゃんとしてよね。」
「ああ…。」
「ちょっと、聞いてる?」
「ああ…。」
「…怒るわよ。」
 既に怒っている声色。
「ああ…。」
「浩之!」
「……わりいけどオレ…降ろさせてもらうわ…」
「ちょっと!何言ってるのよ!?」
「すまんな…」
 オレは背中に浴びせかけられる声を無視して、第3音楽室を後にした…。

  ・
  ・
  ・

 気がつくと、家の近所の公園に来ていた。
 秋の日は短く、辺りは既に藍色の空間に包まれている。
 時折り頬を撫でていく風は冷たく、季節がまた変わろうとしている事を告げている。
 肌寒くなったせいか、公園には人影は無く、ぽつりぽつりと薄暗い街灯が灯っている
だけだ。
 オレは、その街灯の下にある、ベンチの一つに腰掛けた。

 ………。
 なんだろう。
 この気分は。
 体のネジが全て外れて、無くなってしまった様な感覚。
 透明なオレの体を、冷たい夜風がすり抜けていく感覚。
 そうやって、オレは何をするでもなく、何を思うでもなく、ただ夜の空気の中を漂っ
ていた。

  ・
  ・
  ・

 辺りが藍色から漆黒の闇へ移り変わった頃。
 目の前に人影が現れた。

 ゆるくウェーブのかかった長く艶やかな黒髪、すらりとしたシルエット…。
「…探したわよ…」
 暗がりから現れたその人影は、まぎれもなく来栖川綾香だった。
 オレは…おそらく憮然とした顔をしてるんだろう。
「………」
「………」
 お互い黙ったまま、見つめあう。
 ジリジリと、街灯の電球が立てる音が聞こえる。
「………」
「…噂になってたみたいね。知らなかったけど。」
 最初に口を開いたのは綾香だった。
「………」
 怒っている…様には見えない。
「浩之が遅刻した時、言い訳しなかったから、私も言い訳はしないわ。でも、ホントの
事だけは言わせて。その後で信じるか信じないかは浩之の好きにすればいいわ。」
「………」
 オレは何のリアクションもなく、ただその瞳を見つめていた。
「…最初に例のボーカリストが出る事になってたのはホントよ。」
 胸がズキンと痛んだ。
「私が知らないうちにね…。」
「………」
 両手を後ろへ回し、中空を見上げる様にして話し出す綾香。
「向こうのカレが勝手に決めたのよ、自分が人気あるのをカサに着て、私に恩を売りた
かったみたいね…。」
 そのまま、オレの前を横切るように歩きだす。
「…ウチの担任に電話してきて、自分が出演するから学校全体でバックアップしろなん
て言ってたらしいわ。 でも、私はせっかくの手作りの音楽が、そんな売名行為みたい
なのに利用されるのはイヤだったから、断ったの。」
 隣の街灯の下からこっちを向く。
「どこで断られたなんて話になったのかわからないけど、それが真相よ。」
 しばらくの沈黙…。
「…どうして…」
 オレの口から出る声は、なぜだか上擦っている。
「どうしてオレなんだ!? 誰でもよかったんじゃないのか? 勝負に負けたから? 
それだけなのか? だったら出会ったのだってただの偶然じゃないか!?」

 止まらない。

「オレが出るって知って、がっかりしてるヤツもいる、見に行くのやめようって言って
るヤツだっている。そんなんでオレが出て、何の意味がある!?」

 みっともない。

 これがオレだ。

 くだらない噂にふりまわされて、ウジウジ悩んでる。
 ちょっとイヤな言葉を耳にしただけで、後ろ向きになってる。
 こんな事気にしたって意味が無い事をわかっているのに、だ。
 こんなヤツが綾香の側にいていいはずがない。

 情けねえ…。

「……そうよ」
 両肘を抱く様にして、ゆっくりと歩いてくる綾香。
「キミとあの本屋で会ったのは偶然だわ。でも偶然じゃいけないの?ちゃんとした理由
がなきゃいけない?」
 声のトーンが、だんだんと上がってきている。
「だったら私が来栖川の家に生まれたのも偶然、芹香姉さんの妹になったのも偶然だわ!
車の中からキミの顔を見たのも偶然、姉さんと一緒に話しかけたのも、葵の様子を見に
行ってキミと会ったのも偶然よ! それが全部否定されるのなんて、悲しすぎない? 
私はキミといちゃいけないの?」

 涙声。

 キッと睨みつけるような目。 

 涙を一杯に湛えた真っ赤な目。 

「………」

 オレは……。

「…帰る。」
 綾香はくるりと背中を見せ、
「…明日、来てよね。」
 背中越しにそう言った。
「もうあの曲は、浩之じゃなきゃダメなんだから。」
 タタタッと、公園の出口へ向かって駆け出す。
 出口に植えられた木々に隠れる様に、黒塗りのリムジンが止めてあった。

 綾香は、それに乗り込む。

 バタンとドアの閉まる音。

 すぐにエンジンのスタート音が辺りに響き、派手にタイヤを軋ませ、リムジンは去っ
ていった。

 静寂が、公園ごとオレを包みこむ。
 街灯から薄く広がる光の円と、物の輪郭だけを映し出す月明かり。
 その中を、ただ風が木々の葉を揺らす音だけが、辺りに響いていた。


              *


 日曜日、寺女の文化祭当日。
 オレはそこにいた。
 例のばかでかい校門の前で綾香はオレが来るのを待っていた。
「うっす。」
 ちょっと照れながらの挨拶。
「はあい、チャオ。」
 こっちもそのようだ。
「綾香…」
「何?」
「いや、まぁ…昨日は…」
「ストーーーップ!!」
 綾香は右手を突き出して、オレの言葉を遮る。
「今はステージの事だけ考えましょ?」
 ね、とウィンクする。
 どうしてこういう仕草が、ニクいぐらいに決まるのだろうか。
「よし、じゃあ張り切って行くか!」
「OK!」

 校門をくぐると、今まで来た時と違う活気が感じられる。 
 いつもは楚々としたイメージのあるこの学校の生徒達も、今日ばかりはバタバタと駆
け回っているのが目につく。
 中にはウェイトレスの制服を着たコや、動物の着ぐるみを来たコも見掛けた。
 服装といえば今日のステージ衣装。
 普通の私服で来いとの事だったので、オレは特にカッコつけるでも無く、ジーパンと
黒のTシャツに、チェックのシャツを羽織っただけ、といういでたちだ。
 綾香は…というと、
「…へぇ、似合ってるじゃんか。」
「そお? ありがと。」
 シャイに微笑む。
 綾香も特に着飾っているわけじゃないが、淡いクリーム色の袖を捲くったジャケット
 と、ジーパンの組み合わせが意外で、しかも妙に似合っていた。
 他のメンバーも普段着の様な格好だ。
「まぁ、あんまり先生達から色々言われたくないしね。でこれぐらいがベストかなって
みんなで相談したの。」
 やはり学園祭は学校行事だからな、気を使わなきゃならん事はあるだろう。
「出番まであとどれぐらいだ?」
 玄関の上にあるこれもばかでかい時計に目をやると、午後3:23分を差している。 
「30分ぐらいね。10分前には講堂のステージ袖に来てて、それまでは好きにしてて
いいわ。私達は先に行ってるから。」
「ならそうさせてもうらうとするか。」
 そう言うと、じゃあと手を振りオレは綾香たちと別れた。

 とりあえず出演時間までは間があるので、オレは他の展示物を見てまわる事にした。
 通年、寺女の学園祭は招待客のみで、一般公開はされていない。
 だから入りたくても入れない、まさに”秘密の園”なのだ。
 そういう表現をすると、なんだかイヤラシく聞こえるが…。
 オレ以外の男というと、目に入る範囲には父兄とおぼしきオッサン連中がいるばかり。 
 屋外での展示は見当たらず、どうやら演劇に使う大道具やなにかの材料の置き場所と
化しているようだ。
 なんとなく目立ってるかも…。
 ちょっと挙動不審になりながら、屋内の展示物を見るために玄関口に向かう。
 その時―― 

「…そこの人、ここは一般人は立ち入り禁止よ、招待状見せなさい。」
 ぎく。
 気の強そうな女の声。
 待て待て、オレはれっきとした関係者だ。何をあせる必要がある…。
 恐る恐る振り替えると――
「お、オメーは!」
「んっふっふー、来たわよヒロ。さあどういう事か説明してもらおうかしらね〜。」
 引きつった笑いを浮かべて立っていたのは紛れも無く志保。
 そして…
「浩之ちゃん、言ってくれればいいのに…。」
「あ、あかり…。」
 志保の隣にはあかりが、そしてその隣にはさらに
「あ、葵ちゃん! 来栖川先輩まで!」
 そう、あかりの隣には、エクストリーム同好会の松原葵ちゃんと、綾香の姉、来栖川
芹香先輩が立っていた…。
「どどどどどうしてみみみんなここに…。」
 どもるオレの目の前で、あかりがごそごそと、ポーチから何かを取り出した。
「これ…」
 あかりが取り出したのは、一枚の紙片。
 学園祭の招待状だ。
「これ…どうしたんだお前。」
 買おうと思っても買えない代物なのに。
「昨日、送られてきたの。」
 そう言って一枚の封筒を見せる。
 差出人は”来栖川綾香”。
「中に手紙が入ってて、浩之ちゃんがバンドに出るって書いてあったから…。」
 だぁぁぁっ!
 せっかくこいつらには内緒にしようと思ってたのに!
「わたしの所も同じです…」
 そう言った葵ちゃんの手にも、同じチケットが握られていた。
 すっ。
 芹香先輩の手にも同じ物が。
「…え、わたしは直接手渡されましたって? そ、そりゃそうだよな、姉妹なんだし…
え? でもオレが出るとは知らされてなかったって? あ、いや、別に隠してた訳じゃ…。」 
 他の人間には解らないだろうが、芹香先輩の大きな瞳には、かすかに非難めいた色が
浮かんでいる。
「とーにーかーく! いったいどういうアレでこうなったのか、きっちり説明してもら
おうじゃないの! この志保ちゃんをたばかろうなんて、いい度胸だわ!!」
「あ、あの、私は別に説明とかはいいんですけど…ただ先輩の活躍が見られれば…」
 と葵ちゃん。
 コク。
 これは言わずもがな芹香先輩だ。
「そうだよ志保。きっと浩之ちゃん、恥ずかしかったんだよ。だからもうやめよ? ね。」 
 うう、あかりぃ。
 お前ってやつは……。
「いーや!あかり達はそれでいいかもしれないけど、あたしは納得しないのよ!」
 こ、根性腐ってやがる…。

 このままではラチがあかん。
「あーー、オレそろそろ出番だから行くわ。じゃあな!」
 そう言うとオレはくるりと背中を向ける。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!」
「がんばってね、浩之ちゃん!」
「先輩!頑張って下さい。」
「……」
 オレ逃げる様にその場を立ち去った。

  ・
  ・
  ・

 講堂に入ると、うまい具合に出番10分前だった
 オレはステージ横の舞台袖に向かう。
 そこには既に準備の整った綾香達がいた。
「あーやーかー」
 オレはわざと恨みがましい声で綾香を呼んだ。
「な、何よ。変な声出して。」
「しょーたいじょー」
「あ…あは」
「恥ずかしいから黙っておこうと思ったのによぉ〜〜〜。」
 そう、実はあかりの言った通りだったのだ。
 だからよけい知られたくなかった、というのもある。
「ほ、ほら、やっぱり一世一代の晴れ姿じゃない? 大勢の知り合いに見てもらった方
がいいんじゃないかなーって思って…」
 こめかみにつつ、と冷や汗流したりしている綾香。
 あせる綾香というのも珍しい。
「まぁ、いいけどな、来ちゃったもんはしょーがねーし。」
 オレは真顔に戻って、
 「しかし、芹香先輩と葵ちゃんはわかるとして、なんであかりと志保なんだ? 面識
無いだろ?」
 綾香のあせっていた顔が、今度はからかう様な笑みに変わる。
 なんか最近、この表情を見る事が多いな。
 とっておきのイタズラが成功した時の、子供の様な表情。
 綾香のこの顔を見るのは、悪い気分じゃない。
「いつか言ってた”幼馴染み”と”ケンカ友達”って彼女達のことでしょ?」
 ぎく。
「…どうしてそれを…」
 オレは名前を出したりはしてなかったはずだが…。
「ふふっ、来栖川の情報網を甘く見ないでよね。」
 そう言って、目の前に突き出した人差し指を、左右に振る。
「はーぁ」
 オレは、深く深く、ため息をついた。
「あのチケットはね…」

 観客席の方を向く綾香。 
 ふわっ、と豊かな髪が舞う。 
 その一瞬がスローモーションの様に見えた。

「私からの、ちょっとした挑戦状――」

 そう言った時、観客席から拍手が沸き起こった。
 前に演奏していたグループ――弦楽器四重奏だそうな――の演奏が終わったらしい。
 ステージにゆっくりと幕が降ろされ、観客の拍手に手を振って答えながら、今のグループ
が退場していく。
 いよいよ次は、オレ達の出番だ。
 といってもオレが出るのは4曲中の最後の曲で、それまでは袖で待機なんだが。
「じゃあもいっかいおさらいね。」
 綾香がメンバー全員に向かって告げる。
「3曲目が終わったらちょっとトークを入れて、私が紹介したら浩之が入ってくると、
それから、曲のサビ部分でノリによってはアドリブを入れるかもしれないから。」
「アドリブ?」
「そう、場のノリが悪かったらやんないけど、いちおうサインを決めておくわ。私が人
差し指上げたら、そこから8小節ね。」
 全員が”はーい”と答えた。 
「じゃあそろそろいきますか。」
 オレを残した全員が、ステージへと向かった。

              *

 カツカツカツカツ

 ドラムスティックの合図で幕が上がり始め、そこへ”ダーン”と多い被さる様に、全
パートの音が入る。

 綾香たちのステージが始まった。

 最初の曲が始まるやいなや、観客の方から歓声が上がる。
 どうやら綾香は、かなりの人気者らしい。
 観客の数はというと、これが結構な人数だったりする。
 30人も入ればいい方だと思っていたのだが、軽く100人はいるぞ。
 うむむ…緊張するなぁ。
 しかしここまで来た以上、覚悟を決めねば。

 1曲目はアップテンポの流行歌のコピー、オープニングにふさわしい選曲だ。

  ・
  ・
  ・

 2曲目はちょっとスローなバラード風、オリジナル。

  ・
  ・
  ・

 3曲目はタイトなロック系、ナントカっていう女性シンガーのコピー。

  ・
  ・
  ・

 そしてオレの出番がやってきた…

『……そんなわけで、最後の曲はゲストとのデュオです。なあんと男の子です!』

 キャーキャー…。
 どよどよ…。

 …これは女子校ならではの反応だなぁ。
 ステージ上から”入ってこい”の合図。
 オレはかなり緊張しつつ、舞台袖からステージ中央へ入っていった。

『藤田浩之くんです、みんな拍手ぅ〜!』

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ…。

 大きな拍手の波に圧倒されつつ、セッティングされたマイクスタンドの前に立つ。
 この拍手の音。
 昨日、気にしていた事がウソの様だった。
 完全に吹っ切れたぜ。

 オレは、観客席を見回しながら、あかり達の姿を探す。
 いたいた。
 前から三列目、結構前の方の席のちょうど中央に座ってる。
 志保と葵ちゃんと芹香先輩もその辺りだ。

「ひろゆきちゃ〜〜ん!!」

 拍手の音の中、普段からは想像できないあかりの大きな声が、講堂内に響きわたった。
 それを聞いたまわりの女生徒達は、くすくすと笑う。
 あかり…恥ずかしいヤツめ。
 案の定、あかりは顔を赤くしてうつむいていた。

『カレはお隣りの学校の生徒なんだけど、縁あって出てもらう事になりました。じゃあ
ちょっとだけ、自己紹介お願いね。』
 お、おい、いきなり振るか!?
 しょ、しょうがねぇ。
『あ〜、コンコン(←マイクを叩く音) 藤田浩之です。歌は決して上手くないけども、
ガンバりますんで長い目で見てやって下さい。』
 あちゃ〜〜。
 緊張してて、訳のわからない事を言ってしまった。
 やっぱり大勢の前に立つのは苦手だ。
 いつものノリがなかなか出てこないんだ。
 するとその時、

「ひろゆきちゃ〜〜ん!!」

 見知らぬ観客の女の子二、三人が、あかりのマネをして叫んだ。
 て、照れる……。
 やっぱりオレは絶対、アイドル歌手にはなれんな。
 …元々なれないって。
 などと一人ツッコミを入れていると、

「ヒロ〜〜〜!!」

 今度は志保だ。
 立ち上がって手ぇ振ってやがる。
 あいつは羞恥心とかそういうモノとは縁の無いやつだから全然動じてないぞ。
 なに対抗心燃やしてるんだか…。
 でも正直、この時ばかりは嬉しかった。
 こんな風にステージに立って声援もらうなんて、オレの人生もう二度とないかもな。

『は〜い、声援どうもね。この! 結構人気者じゃない。』
『あ、いや、あはははは…』

 照れ笑いでごまかすオレ。

『じゃあ準備もできたようなのでいきます!ラストの曲は――』

 すぅ、と息を整え……そして叫ぶ。

『”Brand’New Breeze”!』

 カンカンカンカン
 ちょうど駆け足ぐらいのテンポでスティックの音が鳴り、続いてドラムとベースがス
タートする。
 イントロ、夏の浜辺をイメージしたキーボードの音色が辺りに広がり、それに乗って、
オレと綾香はリズムに合わせて踊る。

  ・
  ・
  ・

 まずは綾香のパートだ。
    Sunshine OneDay きらめく波と空の色
    始まる 二人の Memory
 そしてオレのパート。
    Brand New Breeze ときめく心解き放って
    始めよう 二人の Wonderful Things
 よし、出だしはうまくいったぞ。
 ちらっと見ると、綾香が右手でOKサインを出してた。
 そして正面を向いて続ける。
    白いTシャツとあなたの横顔
 そうだ、ここは短いんだった。
 ちょっとあせる。
    キミが光の中溶けていく
 続いて二人同時に、
    広がる 夏の とびきりSympathy
 そしてサビ、続けて二人一緒のパート。
    Make it me, Feel me, (feel me) Hold me 熱いハート伝えたい
    きらめく日差しの ステージが今

    Take me, Feel me, (feel me) Hold me 繋がるDestiny
    ときめく鼓動 感じて in a time on Beach

 1コーラス終了!
 間奏に入った。
 ふぃ〜、緊張したぜ。
 でもテンションはかなり上がってきたぞ。
 このまま行けばかなりノリノリでいけるはず!
 綾香が踊りながら、
「OK!、やるじゃない、その調子!」
 溢れんばかりの笑顔で話しかけてきた。
「おう!まかせとけ!」
 そんな大きな事も今なら躊躇無く言える。
「ステキよ」
 そういって笑顔のまま、また定位置へ戻る綾香。
 ううっ、がぜんやる気がわいてきたぜ! 
 いつの間にか観客席から手拍子が起こっていた。

「綾香さまーーー!!」

 下級生とおぼしき女生徒の一団からすごい声援が飛ぶ。
 さすが、やっぱりああいう性格だと下級生のコ達に人気があるらしい。
 バレンタインの時なんか、きっと下駄箱にチョコが一杯詰まってるんだろうな。
 それを目の前にして困った顔をしている綾香を想像して、オレは可笑しくなった。

「ひろゆきちゃ〜〜ん!!」

 あかり…じゃなくて、寺女の生徒達からだ。
 おいおい、すっかり定着しちまったぞ。
 あかりのヤツ、だから”ちゃん”付けはよせって言ってたのによぉ〜。
 肝心のあかりはというと、

「ひろゆきちゃ〜ん!!」

 こっちも負けじと”ちゃん”付けで叫んでいる。
 ……もう、いいっす……。

 間奏が終わる。

  ・
  ・
  ・

 2コーラス目、今度はオレのパートからだ。
    Brand New Breeze まぶしいSeaside キミの笑顔
    終わらない 二人の Wonderful Things
 そして綾香、オレの顔に視線を向け、手を差し伸べ、話しかけるように歌う。
    Night and Days いつだって あなた見つめている
    終わらない 二人の Memory
 …これはキた。
 綾香の顔を見ているだけで、気分がどんどんハイになっていく。
 何かがはじけたオレは、綾香の周りを踊りながら歌う。
    赤いSwimwearとキミの輝くSmile
 オレの動きに合わせるように、綾香も円の軌跡を描いて踊る。
    この胸の中のトキメキを
 二人が視線を合わせて、
    素直に感じる 光のSympathy
 そして同時に客席を向く。
    Make it me, Feel me, (feel me) Hold me 互いに呼びあうMessage
    きらめく波の ステージが今
 向かい合い、手を広げ、位置を入れ代わる。
    Take me, Feel me, (feel me) Hold me 溶け合うFeeling
    ときめく鼓動 広がる in a Summer Beach
 2コーラス目終了!
 客席から、ものすごい歓声が上がる。
 立ち上がって声援を送っている生徒もいる。
 すごい!すごいぞ!!
 なんにも合図とかしていないのに、バッチリオレと綾香の動きが合う。
 シンクロしているのを実感している。
 こんな事があるなんて、ちょっと感動だ。
 綾香も、後ろのメンバーもみんな跳ねるように踊り、とびっきりの笑顔をくれる。
 最高だぜ。
 バンドやってる連中が、なぜそんなにのめりこむのか解った様な気がした。
 残るはサビのリピート。
 このまま突っ走るのみ!
    Make it me, Feel me, (feel me) Hold me 熱いハート伝えたい
    きらめく日差しの ステージが今

    Take me, Feel me, (feel me) Hold me 繋がるDestiny
    ときめく鼓動 感じて in a time on Beach

 背中を合わせるように歌っていた綾香が、すっと、オレの手を握る。
    Make it me, Feel me, (feel me) Hold me 互いに呼びあうMessage
    きらめく波の ステージが今

    Take me, Feel me, (feel me) Hold me 溶け合うFeeling
    ときめく鼓動 広がる in a Summer Beach

 ワッと、歓声。
 観客は総立ちだ。
 握っていたオレの手を放し、綾香が右腕を上げ、空を指差す様に人差し指を掲げる。
 アドリブの合図だ。
 後ろのメンバー達が頷く。
 テンポに合わせ、その指が左右に揺れる。

 ……1…2…3…4!

 ドラム以外の音が一斉に消えた。
 綾香がオレの顔をまっすぐに見つめる。
    『そう 出会ったのは偶然 でも その出会いが私は大切なの
    顔を見るたび 大きくなってく この気持ちが その理由』
 赤く染まった綾香の頬、その瞳が何か訴えるように揺れている。
    『でもキミに そんな事 とても言えない けど今なら
    今だけ 今だけ こっちを振り向いて……』
 左手を差し伸べるように広げ…
    『…見つめて………』
 射るような綾香の視線と、オレ視線が交差した瞬間、
    『Lovin’ You!!!』
 ドン!とベースの音。続いてギターが鳴り、全てのサウンドが一斉に元に戻った。
 長い髪をなびかせ、くるりと客席に向かいながら、大きく手を振る綾香。
 キャーキャーと黄色い歓声に混じって、ヒューヒューと冷やかすような声。

 …これは……
 マジなのか?
 …綾香……。
 …綾香が愛しい…。
 オレの手を伸ばして、綾香の手をつかんでしまいたい。
 もっと近くに来て欲しい。
 そんな想いが頭の中をめちゃくちゃに駆け回る。

 ラストのリピート。
 リズムに合わせ体を揺すりながら、オレは綾香の肩を抱きよせた。
    Make it me, Feel me, (feel me) Hold me 熱いハート伝えたい
    きらめく日差しの ステージが今
 そして離れ、ステージの端から、観客席に手を振りつつ歩く。
    Take me, Feel me, (feel me) Hold me 繋がるDestiny
    ときめく鼓動 感じて in a time on Beach
 (ドン!)
 歌の全パート終了!!
 エンディングの演奏が続く中、拍手と声援が乱れ飛ぶ。
 あかりも、志保も、葵ちゃんも、なんと芹香先輩までが立ち上がっていた。
 なんだかもう、訳がわからないほど、オレの気持ちは高揚している。
 歌とサウンドの融合が、ステージと観客のノリが、そして綾香の言葉が。
 すべてが最高だ。
 やがて演奏も終わりに近づく。
 もうすぐ最後の一音。

 …4…3…2…1。

 オレと綾香はジャンプした。
 そして…着地!
 (ダンッ!!)
 キャーキャーキャーキャー!!!!

「ひろゆきちゃーーーん!」「ヒローーーー!」「綾香さまーーー!」

 大きな拍手の波と怒涛の様な声援がオレ達を包む。
 やったぜ。
 これを大成功と言わずして、なんと言おうか。
 この話を頼まれた時には、想像もできなかった爽快感を、達成感をオレは感じていた。
 強引にでも誘ってくれた綾香には、感謝しなきゃな。
 そして昨日の事も。

 はぁはぁと息を切らせながら、オレは綾香の方を見た。
 さしもの綾香も4曲連続はキツかったらしく、息を切らせている。
 しかし、その表情はとても清々しい笑顔だった。

「みんな、ありがとーーー!!」

 綾香が客席に向かって叫ぶと、声援が一段と激しくなった。
 バンドのメンバーもみんな立ち上がって手を振っている。
 天井から幕がゆっくりと降りてくる。
 綾香がゆっくりとオレの方を振り向く。
 オレは親指を立てて見せた。
 それを見た綾香は…

「最高!」 

 ふわっ、と視界を黒い髪が舞う。
 オレの胸に飛び込んできたもの――綾香。
 両手をオレの首に回す。
 綾香の背中を抱きしめる形になったものの、勢い余って、そのままくるりと回転する
オレ達。
 そして――
 キス。
 ちょうど客席から見えない角度になった時、綾香はオレの唇に、軽く触れるだけの
キスをした。

 やわらかな感触。
 ゆるやかなウェーブのかかった艶やかな黒髪。
 少し長めのまつげ。
 揺れている漆黒の瞳。
 レモンの様な心地好い香り。
 綾香の全てが、こんなにも愛しかったなんて。

 完全に降りきった幕の向こうから、アンコールを要求する一定間隔の拍手が聞こえてくる。

 オレの腕の中には綾香がいる。

 来栖川のお嬢様で、エクストリームの覇者で、プロ級のシンガーで。
 明るくて、気さくで、ちょっとキツい時もあるけど、ノリのいい女のコ。
 でもホントは、可愛い性格の綾香。

「…なぁ」

 まだお互いに抱き合ったまま。
 目の前の顔にオレは聞いた。

「さっきのアドリブ――」

 オレのセリフを遮る様に、綾香が口を開く。

「惚れた?」

 イタズラっぽい微笑み。

「………」

 オレは……

「あぁ!」

 そう言うと、オレは綾香を抱きしめる腕に力を込め、その場でぐるっと回った。

「まんまとやられたぜ!!」

                                 fin.
 

 あとがきへ  二次創作おきばへ戻る  感想送信フォームへ  Side Aへ