1.
9月12日(金曜日):浩之
「セリオの方は一段落したようだね」
雅史がセリオをつれて帰り、琴音ちゃんと葵ちゃんも引き上げた後。俺は事の次第を長瀬に連絡した。
「だが、佐藤君の家には既にメイドロボがいるはず。セリオはどうするんだろうね」
…こいつ、なんでそんなことまで知ってんだ。得体が知れなさ過ぎる…
取り敢えず、深く突っ込む事は避け(突っ込んだら泥沼にはまりそうだ)、もう一度確認を取るために疑問を口にした。
「研究所の方はどうだ? それにあんたは辞めたんじゃなかったのか?」
「来栖川本家からの指示で、実戦慣れをしている警備員が二十人、交代で研究所を詰めていてくれる。それこそ軍隊を派遣するくらいのつもりがなければ研究所に手を出す事は出来ないと思うよ」
…数を集めれば何とかなるってもんでもないと思うが。
「それに、研究所内部には芹香お嬢様が手ずからお作りになった護符(ごふ)を要所に貼り付けて結界を形成してるし」
…訂正。たとえ一個大隊を持って来てもその結界を突破する事は出来ないな。侵入を試みて、警備員の警戒網を突破したら、亜空間を永遠にさまよう事になりそうだ。
「じゃあそっちは問題無しだな」
「ああ。それから君がマルチを救出するために一騒動を起こしている間に、綾香様の指揮する別動隊がHMX-12とHMX-13の資料を奪回する手はずだ」
…なんか俺、勇羽電工に同情したくなってきた。瓦礫(がれき)一つ残らず崩れ去った勇羽の本社ビルの幻が見えるのは気のせいだろうか?
「私の心配もしてくれているようだが、君に重責押し付けて辞めたりしたら、それこそ無責任の極致だろう?」
…別に心配した訳じゃねぇよ。けど、「辞める事」イコール「責任を取る事」だと勘違いしていないところはさすがだな。
「あとはマルチか…」
「そうだな、彼女も辛い立場になってしまったな。まぁお披露目までは大丈夫だろうし。お披露目には我々も参加するつもりだし」
…何ィ?
「当然だろう? メイドロボを開発している会社の全てに対して招待状が配られているよ。
どちらにしろ、この日を境にマルチは我々のものではなくなるのだからね。娘の晴れの日を――たとえそれが卑劣極まりない男の手によって演出されたものであれ――見届けずにはいられないよ、親としてね」
…計画、変更した方が良いかも…。
2.
9月13日(土曜日):浩之
(回想)
「もし、町で、あたしの妹たちを見かけたら…」
「もしマルチの妹たちが発売されたら、絶対買うよ。マルチの心を受け継いだ、マルチの妹を」
あれからもう半年も経つんだ。いや、半年しか経っていない、と言うべきか。
たった半年で、マルチの妹ならぬマルチ自身を取り戻すために、俺は大企業に正面から喧嘩を売ろうとしている。
失敗したら、いや、成功したとしても、俺はもしかしたら犯罪者の烙印(らくいん)を押される事になるかもしれない。
俺の心の中では、まだ迷いが消えた訳ではなかった。
勇羽電工本社ビル。
ここは、双子ビルの形を取っている。すなわち、ビジネスビルと工場のビルが二重構造になっているのだ。そのため、工場の屋上からは、経理部の更衣室の様子が丸見えだ、などという噂もある。
逆もまた真なり。ビジネスビルの屋上から、工場の部屋の様子が見えてしまう事もある。
その日。お披露目の前日は、俺のようなバイトにとっては地獄のように忙しかった。加えて侵入経路、脱出ルートなどの把握もしなければいけないため、俺は普通のバイトの三倍は忙しく動き回っていた。
「真面目だね、君は」
誰だ、こいつは。いきなり声をかけてきた男に、俺は、いぶかしげな視線を送った。
「あぁ俺か? おれは警備のバイトで額洲賢児(がくす・けんじ)ってんだ。産業スパイ対策だとかで、かなり豪勢な装備を一介のバイト風情にさせるんだから、羽振りが良いんだか後ろめたいところでもあるんだか…。
まぁ俺は後者だと思うがね。もっとも、払いが良いんだからどうでもいいがね。君も金が欲しいんなら警備のバイトの方が良いぜ」
こんな奴を相手にするつもりはない。独りになれる場所を探して、こいつを無視して屋上への階段を上った。
屋上で一息つきながら、見るとも無しに工場の窓を眺めていた時。
その一室にマルチがいた。
マルチに「後でまた来る」と合図を送った時、遠目にもマルチが嬉しそうな表情をしていたのは、はたして気のせいではなかったはずだ。
3.
9月13日(土曜日):マルチ
浩之さん…
浩之さんが…来てくださいました…
あたしは、浩之さんが来てくださる事を信じていました。あたしを助けてくださるのは浩之さんだと…
でも、もし浩之さんがあたしを助けようとして怪我でもなさったら…
浩之さんが来てくださった。それだけであたしは十分幸せです。
だから…浩之さん………
4.
9月13日(土曜日):雅史withセリオ
月を見ながらマルチの身を案じるセリオに、雅史が声をかけた。
「大丈夫。浩之がいるよ」
セリオは肯いたものの、完全に納得した訳ではないようであった。
「セリオ、君に頼みがあるんだが…」