第三章:開放(浩之)

9月14日(日曜日)

1.
「報道関係の方々は別室でお待ち下さい」

 会場内のアナウンスが聞こえなくなるほどのざわめき。

 その日。勇羽電工本社ビルの周囲は大変賑わっていた。

 この二年でたてつづけに名作メイドロボを発表し、業界最大手の来栖川に迫る勢いでそのシェアを伸ばしている勇羽電工が、新作のメイドロボを発表するというのだから、話題にならない訳が無い。その新型メイドロボを見ようと、日本国内はもとより、世界中の資産家・財界人・政治家・著名人、その他有名無名を取り混ぜた招待客がごった返し、勇羽の本社ビルは周辺の道路を全て歩行者天国にしてもまだ溢(あふ)れる人の波に呑まれていた。

 そして。ビルの一階の特設会場では。

 勇羽電工の社長・勇羽一氏が、「お披露目」をはじめる為の挨拶をはじめていた。

「皆様、よくぞお集まりくださった。
 …おまたせいたしました!
 これが今回のメイドロボ、勇羽電工の最新作! YRM-09“マルチ”です!!」

 ファンファーレと歓声に包まれて、奥からマルチが現れた。

「さすが勇羽電工」

「なんと自然な…」

 来客からも感嘆の声が上がる。

「さて、お披露目の前に、今回の見届け人、メイドロボ共振会の板井隆三氏よりのご挨拶を」

 その言葉に応じて一人の初老の紳士が歩み出る。

「見届けを任されました、板井隆三であります。
 メイドロボの公開は各社との協定に基づき公正に行われます…」

 云々、と新型メイドロボの公開…「お披露目」にまつわる様々な約束事を繰り返した。退屈ではあるが、これもまたお披露目のための重要な儀式の一つなのである。

 それが全て終わった時、勇羽氏が「お披露目」の開始を宣言した。


 来客の中には、来栖川の関係者の顔もいくつか見受けられた。HMX-12“マルチ”の制作担当者・長瀬。HMX-13“セリオ”を開発した、HM開発一課の主任。来栖川グループの総裁令嬢・来栖川綾香。そのほか、雅史とセリオの姿もみえる。なぜか志保の姿も。

 しかし、浩之の姿は何処にも見当たらない。

「浩之! 何処だ……」

 雅史の呟きも、虚しく宙に溶けて消える。

「浩之さん…」

 言葉にならないマルチの呟きもまた…



2.
 その時、浩之は勇羽ビルのすぐ側まで来ていた。が、そこから先へは進もうとはしなかった。

「マルチ…ごめんね」

 あろう事か、そんな台詞をつぶやいて、彼は踵(きびす)を返してしまった。

 しかし、勇羽ビルに背を向けた時、彼の目の前にいたのは。

 …あかりであった。



3.
「また…逃げるのね」

 切なそうな、それでいながら慈愛に満ちた表情で、俺を見つめてあかりはそう言った。

「そんな目で見ないでくれよ」

 何故かあかりのなまざしを受け止める事が出来ない。

 いや、理由は判っている。罪悪感だ。

 マルチを助ける勇気がない自分への。あかりの想いを受け止められない自分への。それでいながら未だあかりに甘えようとしている自分への。そしてマルチに対する…

「ロボットを愛していると認めたくないのでしょう?」

 そんな俺を断罪するように、あかりは言葉を重ねる。

「違う! 違うよ!」

「そう? そうよね、浩之ちゃんは人を愛する事なんて出来ないんでしょ!
 浩之ちゃんは、学校一の女たらしだもの…さぞ、人の心を弄(もてあそ)ぶのが好きなんでしょうね」

 あかりが、俺に対してこんな厳しい言葉をぶつけてきたのは、この16年間で始めてのことだった。言葉を失っている俺に、あかりは続ける。

「でも本当は、ロボットの愛さえ怖いんじゃない?
 残念ね。きっとお似合いよ。ロボットと『冷血』のカップル。
 見てみたかったわ、さぞ素敵でしょうに…
 …さようなら。それでもあたしは、浩之ちゃんが好きだったのよ…」

 そう言い捨てると、あかりは俺に背を向けて去っていった。

 その背中は、泣いているような、怒っているような…。そしてもう一度俺に決意を促すような。

 その瞬間、俺の心は決まった。



4.
「…さてでは皆様、お披露目はこれにてお開きに…」

 司会の勇羽一氏がそう言いかけた時。会場がいきなり騒がしくなった。

「通してください! すみません!」

 そんな声とともに、一人の高校生くらいの少年が飛び出してきた。

 その少年は、来客の最前列まで来ると、一言叫んだ。

「マルチ、おいで!!」


 その声を聞いたマルチは、そうする事が当然であるかのように走り出した。

 …てとてとと。途中で何も無いところで足を絡(から)ませて転んだりもしながら。てとてとと。

 そして、

「…マスター!」

 そう言って少年の胸に飛び込んだ。

「マスター、マスター…」

「ごめん、マルチ。遅くなっちゃって」


 一方でこちらは勇羽一氏。

「バ、バカな、登録されたオーナー以外の者にマスターなどと! …あのメイドロボは狂っておったのか」

 取り敢えずうろたえてから、周囲の警備員に捕縛(ほばく)の指示を出した。



5.
「逃げるよマルチ、いいね?」

「はいっ!」

 二人はお互いの手を取り合って、仲良くその場を逃げ出した。

「皆さん、この二人を通してあげてください。道を開けてください!」

 そう叫んでいたのは雅史。しかし、その傍(かたわ)らにはセリオがいない。

 来客からは、やっかみ半分の野次と祝福が二人に贈られた。これは、はたから見ていると駆け落ち以外のなにものでもない。かたや人間、かたやロボットという事を無視すれば、のはなしだが。

 そしてそれを追うのは警備員一ダース。それに、武装型メイドロボなんぞという物騒極まりないものまで混じっている。

 二人が取り敢えず会場の外に出た時。二人と追手の間を遮(さえぎ)るように立った人影があった。

 セリオである。

「――SLS起動。
 ――軍事教練用データベースにアクセス開始。徒手格闘戦用データダウンロード。
 ――…3, 2, 1, 終了。マスター・雅史様…雅史さんの命に従い、浩之様並びにマルチさんの行動を妨害するものとの戦闘を開始します」

 追手の中に含まれる、武装型メイドロボ。どこが「メイド」ロボかは置いておいて、れっきとした軍事用である。様々な武器を装備して、熟練した兵士並みにそれを扱うまごう事無き兵器である。

 今回の武装は警棒のみとはいえ、並みの軍人では歯が立たない。一流の傭兵並みの実力を持ってはじめて武装型メイドロボと互角に渡り合う事が出来るであろう。それが5体。そして人間の警備員が12人。

 まともに考えれば、たった一体の家庭用メイドロボで太刀打ち出来るはずが無かった。が…

 数分後。そこには無傷のセリオのみがたたずんでいた。

 それを見た開発一課の主任は、長瀬に向かって

「HMX-13“セリオ”…僕はとんでもないものを作ってしまったのかもしれないね」

 とつぶやいたという…。


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