§4 不安だということ
「もしもし…楓ちゃん? 俺、耕一だけど…」
電話に出たのは三女の楓ちゃんだった。てっきり梓か初音ちゃんのどちらかが
出てくるだろうと思っていたので、俺は少々面食らってしまった。
「……耕一さん…ですか?」
一瞬の間のあと、楓ちゃんは俺の名を呼んだ。
「うん、そう、耕一。いきなりこんな時間に電話しちゃって悪いんだけどさ、
初音ちゃん…起きてるかな?」
「……初音…ですか?」
「うん。…あ、もし寝ちゃってるんだったらもういいんだ。ムリに起こすのは
可哀相だし、そんなに大した用件じゃないから……」
俺自身にとっては十分大した事なのだが、それでも初音ちゃんの安眠を妨害す
るほどのものでもない。実際、楓ちゃんの声を聞いたら、少し落ち着いた感じ
もするし……単に寂しかっただけなのかもしれない…。
少しでも初音ちゃんを取り巻く『存在』に触れられれば、それで良かったのか
もしれない。
……ところが。
「……あの…初音は…今、いないんです」
楓ちゃんの応えは、全くの意表を突くものだった。
「え……い、いないって、もう10時だよ。なんでこんな遅くに……もしかし
て、また何かあったの?」
俺は今年の夏に起こった事件のことを思い出した。
しかし、楓ちゃんは慌ててその考えを否定した。
「い、いえ。違うんです。ただ、今日は友達の家に行くから遅くなるとかで…
…」
「そ、そうなんだ。……でも、こんな夜遅くまで女の子一人で本当に大丈夫な
の?」
「大丈夫です。まだ『ちから』に目覚め切っていないとはいえ、初音も柏木の
血をひくものですから…」
そうは言われても、俺は大事な初音ちゃんがこんな遅くに夜道を歩いているだ
なんて気が気ではない。……しかし、こうして電話の向こうで何を言ってもど
うにもならないのも事実だ。
「うん、そうか……。じゃあ、また明日にでも掛け直すから……」
「…はい」
「じゃ、楓ちゃん、おやすみ」
「……おやすみなさい…」
ガチャン
「ふぅ」
おかしいなあ? 初音ちゃん、こんな時間まで何やってんだろう。友達の家っ
ていったって、いくらなんでも遅すぎやしないか?
彼氏の家ってならともかく……!!?
ブンブンブンッ!!
俺は慌てて頭を振って、その邪念を振り払った。なに考えてんだ、俺は! 初
音ちゃんに限ってそんなはず…………そんなはず、ないだろう!!
『………ナゼ…彼女はお前のとなりにいない?』
「!!!」
ぶんっ!
俺は力いっぱい、その部屋の隅の闇に向かって、近くにあった置き時計を投げ
つけた。
…………ガシャン!!……………。