−スリルとサスペンスSS−『失われた記憶』
街。
人間の虚栄と暴力と欲望が渦巻く場所。
裏切られたり、裏切りながら、喘ぎとともに「人間」という欲望深い
生き物達が活動を続けている。
私はそんな街の、死んだ魚の目のような、輝きのない二つ石を持つ人
間達が多数行き交う大通りの沿道に佇んでいた。
私には昨日までの記憶が無かった。
何故だかはわからない。
……柏木初音。それが私の名前だった。
いや、正確には、「その可能性が高い」ということに止まっていた。
スカートのポケットの中に入っていた学生証がそれを主張していたに
過ぎない。その学生証には何故か顔写真がなかった。
自分の名前も思いだせない…一体自分は何者なの?
私は言い知れぬものに自分の身体が押し潰されそうになりながらも、
私という存在を求める為に力無く歩き出した。
ただ、佇んで押し潰されるのを待つよりは、行動に移した方が良いと
思ったからだ。
それは人間の生きようとする深層心理の防衛本能なのかもしれない。
しかし、あやふやな物でもあっても今の私には藁も掴む思いだった。
それから30分は混み合う大通りを歩き、何度も他人とぶつかり、謝
ることを繰り返した。
そして、ようやく閑散とした場所に来るまでに私のスカートの中は、
中身がこぼれそうなほどサイフで一杯だった。
どうやら無意識にぶつかった人々からスリを行っていたらしい。
私は唖然とした。
今まで自分は虐げられる立場の人間だと思ってはいたが、どうやら逆
の立場の人間なのかもしれない……。
徐々に自分の心が冷えていくのがわかった。
心の奥底に存在するものを直視できなくなった私は視線を無意識に右
横へ移した。
そして…その視界に飛び込んできた物があった。
コイル状のスプリングに細い金属片……
私は無意識にその物の名称を口にしていた。
「……サスペンション?」
再びスカートの中身に視線を移す。
「スリ(ル)とサスペン(ス)ション……」
…………
私は心の奥底から這い上がってくる、もう一人の自分を押さえ切れなく
なり叫んだ。
「っざけんなぁぁぁぁぁっっっっ!!!!
この糞べるがぁぁぁっっっ!!!!!
死んでみんなに詫びろぉぉぉっっっっ!!」
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自分を見つめ直す旅にでます。捜さないでください。べるがぁ