chapter 5
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土曜日。終業のベルが鳴って。
「浩之ちゃんっ!!」
あかりのヤツ、大声で叫びやがった。学校の廊下で。何やってんだよ。みんなの
ちゅーもく、浴びちまってるじゃねーか。
仕方ねーから、足を止める。
「な、な、なんだよっ、あかり」
いけねぇ。オレ、声、ひっくり返りそうだ。ゴホンゴホンッと、咳払いして調子を
整える。…よし、もう一度。
「…なんだよ、あかり」
どーもいけない。木曜日の夕方のアレ以来、昨日も今日も、あかりの顔がまともに
見れねぇ。
声を掛けられれば、なんでだか、焦っちまう。昨日の昼休みは、思わず寝たフリしち
まった。
そりゃ、あかりには悪いコトした(…というか、まだ言ってないから、これからする)
けど。だからって、なにうろたえてんだよ、オレ。
「あの、今日は…」
「今日?あ?えっと、なんだっけ?何かあったか?」
「え…」
「あ、そーだったな。うん。あかりの…、な。それそれ。それなんだけどよ…」
「…?」
「オ、オレよぉ。今日も、どーしても外せない用があるから、その、ちょっと、な」
言いにくい〜っ!なんて言いにくいんだっ!
「…」
「わりぃ。すまねぇ」
「…」
「その、行くって言ったのにな、オレ。うん、確かに言った。…けどよ」
「…」
「あの、…あかり?」
あかりは何も言わない。伏せがちの表情は伺い知れず。…ふいっと、後ろを向いた。
すたすたと歩いていってしまう。
「あ、おい、あかり…」
言葉は宙に舞う。むなしく四散するだけ。
呼び止めて、どうしよう。どうするというのだろう。行けないことには変わりない
のだから。
あかりとすれ違うように、委員長、保科が、つかつかと歩いてくる。何かを呟いた。
「不器用やな…。コレだから、東えびすは…」
「えっ?」
「…なんでもない。なんも、いうてへん」
委員長はオレの横で足を止めて。そっぽ向いたまま、声をひそめて言った。
「神岸さんな。泣いてはいなかったけど…」
「…」
「涙、貯めとった」
「…」
委員長はオレの目をじっと見つめて、一歩、二歩、間を詰めた。
「なぁ?藤田くん…なんでやの?」
オレには、答えられない。
「まさか、バイト?」
「ああ…」
掠れた声。
「…アホか。ホンマツテントーやん」
「う。仕方ねーんだよ。…第一、委員長にはカンケーないだろ」
「…。そやね。そやったわ」
自分で言ってて、とても情けねー言葉。それに対して、委員長はフッと、冷笑した
ように見えた。
「それじゃ。私、これから神岸さんトコ行くから。…藤田くん、サヨナラ」
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相変わらずキツイ仕事。重てークマのヌイグルミ。
時間の進むのが、遅い。太陽は同じ場所に止まったまま、なかなか沈んでいかない。
やっと終わって、更衣室でシャワーを浴びた後には。
主任の姿が見えなかった。帰るに帰れない。…どうやらそれで、オレは全ての機を逃
したらしい。
いつになく慌てて控え室に飛び込んできた主任。もちろん、仕事の山と一緒。
渋滞に巻き込まれたとかで、遅れて到着したトラック数台に、社員もバイトも入り
交じって、懸命に搬出作業。間に合うの、間に合わないのと、皆、汗だくになって。
それもどうやら片が付き、さてご苦労様、バイトは帰ってよしの段になり。次のオレは、
経理担当者のオバチャンを探して、あっちこっちをバタバタ駆け回る。
給料袋をポケットに。鞄を抱えて、夜の街を走り抜ける。
目的地は、もちろん。…が、不思議と見つからない。
記憶の中の道筋を、幾度となく辿る。あるべきハズの場所に、あるべきハズの店がない。
そうして、ようやく見つければ。見覚えのあるショーウィンドゥの中は闇。何も見えない。
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…ちっ!
なんでこーなるんだよっ。これが厄日ってヤツなのかよっ!
今日の学校だって。ホントは、オレはさっさと消えて、あかりには後で、雅史からそれとなく言っといてもらう手はずだったんだ。
そして、全てがトントン拍子、うまく行ってれば。
仕事は早めに抜け出して、あのアンティークの店行ってクマ宝飾シリーズのどれかを
ゲットして、それから走ってあかりの家に行って…、と。考えていたんだっ!
物事ってのは、どーしてこー、上手くいかねーんだよっ!
くそっ!やってらんねーっ!
オレは、やけっぱちになって。
布団ひっかぶって、寝てしまった。