chapter 6

                   

 さいてーの気分で、目が覚めた。
 髪はぼさぼさ。だいぶ寝過ぎて、身体は怠い。
 時計の針は、すでに正午過ぎ。

 …ああ。今日は雅史のヤツ、サッカーの試合だったな。
 ま、オレにはカンケーねーけど。
 行くって約束もしていない。

 寝起き、約一時間ほど。
 寝っ転がって、テレビ見て、食パン囓りながら、クサってた。
 まったく、なんもかんも、アホらしい。

 …。

 プチッと、テレビを切った。

 ホント、アホだな。
 何やってんだよ、オレ。
 今。やるコト、やらなきゃいけねーコトが、あるだろーが。
 ゴロゴロしてる場合かよ。

                   

 オレはあのアンティークショップへと向かった。

 午後二時半。閉まってた。…仕方ないから、ぶらっと商店街を一回り。
 午後三時半。やっぱり閉まっていた。近所の公園のベンチに座って、時間を潰す。
 午後五時。それでも閉まっている。

 …やべえ。今日は休みなのか?
 定休日の表示はドコにもない。張り紙もなんも、してない。…ただ、扉のガラス、
ショーウィンドゥ、透かして見るに、誰もいない。

 それでもオレはヤックに行って、さらに時間を潰した。
 こうなりゃ持久戦だ。昨日悪かった分、今日は、運がイイに違いない。そう、信じて
みることにした。根拠も何もないけれど。
 何の変哲もないハンバーガー。まともなモノを喰ってないせいか、ヤケに美味しく
感じた。

 商店街にネオンが灯り、夕日がゆっくり沈む。
 六時半に、またダメで。ゲーセンに入って、ひたすら待つ。

 そして、八時を少し回った頃だ。オレは店に向かって歩いていた。
 その角を曲がると。アンティークショップに、うすぼんやりと光が灯っていた。

                   

「それはそれは、申し訳ないことを…」
 店のニーチャンは、相変わらずな格好だった。なんでも二週間ばかり、骨董品の買い
出し旅行に出かけていたらしい。
 そんだったら、ドアに張り紙しとけよ。そう言うと。
「いえいえ、予定は未定。いつ戻れるかも分からなかったモノですから」
 山ほどの商売品を仕入れて、今夜はちょっとだけ、店に風を通しに寄ったのだそうだ。
 前に十分、後ろに十分、どっちにずれてても会えなかったってワケらしい。…いや、
あぶねぇ、あぶねぇ。
「さて…」
 中華なニーチャンは、丸眼鏡を指先で軽く上げて、フレームの端をキラリと光らせた。
「商売の話に、移りましょうか」
「あ、ああ」
 あ、怪しすぎるぞ、あんた。思わず声がうわずっちまった。

「ご予算は、いかほどで?」
「え、えっと…」
「むろん、即金でお願いいたしますよ。いつなんどき店をたたむか知れない、いわば浮き
草稼業ですから」
 笑顔でさらりと言ってのける。…むむ、若いのに、できるな。
 オレは頭の中で算盤をはじいてみた。…いちお、これからの食費のコトも考えなきゃ
ならねーが。今ここで、最大限にムリをするとして。即金で出せるのは、4万、か。
 …ま、しばらくは毎日、お茶漬け一杯、アンパン一個の生活、覚悟しなきゃなんねー
けど。
「…こんだけ。こんだけっきゃ、ねーよ」
 駆け引きなんか、知らねー。無いモノは無い、有るだけしか、無い。世慣れてるわけ
でもねー高校生ごときとしては、正攻法で行くっきゃないだろう。
 福沢諭吉をテーブルの上に置く。枚数が分かるように、広げる。
「ほう、なるほど…」
 ニーチャンは微塵と、表情を動かさない。内心、何を考えてるんだか、全く読めない。
ポーカーフェイスは、笑ってない時の雅史並みだ。
「幾度も足を運んでいただいたようですから、その熱意に、出来るならばお応えしたいと
思いますが…。この店のモノは、どれも、これも、少々お高く付きますよ」
「…ああ。だろうな」
 ごくっ、と。オレは生唾を飲み込む。
 ニーチャンは、オレの目を真っ直ぐに見つめて、言った。
「それで貴方は、一体、何が欲しいのです?」
 この静かな迫力に、負けちゃならない。オレは腹の底に力を込めつつ、言い返した。
「前に来た時、アンタが見せてくれたヤツだ。…ほら、クマをかたどった、貴金属の。
あの、ブローチだとかイヤリングとか…。四種類の中のどれか一つでいいんだ。
コレで、オレに売ってくれっ!」

 その途端。
 それなりにシリアスな顔でオレを見ていたニーチャンは、フッと、表情をゆるめた。
  はぁっとため息。
 眼鏡を外して、ハンケチでキュッキュッキュッと磨く。首をひねって、コキッと鳴らした。
 その意味しているところは、まるっきり、ヤル気ナシ。
「おいおいおいおい、なんだよ、それは」
「…貴方、アレ、買うんですか?そりゃ、ご自由ですけど、ねぇ」
「?」
「ああ、やっと思い出しましたよ。学生さんたちだ。いつだったか、見せてあげましたっけ」
「そうだよ。アンタ言ったよな、その値定まらず、とかなんとか」
「そういや、言いましたねぇ。…いいでしょう、お売りしますよ」
「んで、幾らなんだ?」
 ニーチャンは変わらず眼鏡レンズを磨きながら、オレの問いには答えなかった。
「ずっとずっと昔、いわくありげな値段で仕入れましたが、売れませんでねぇ。いや、
あれ程買い手の付かない商品も、珍しい」
 買い手が付かない?あれが?
「結局、欲しがる人間がいるからこそ、値が高くなるわけでして。素材、出来具合、
作者や工房の名、そういったモノも、それ自身が輝いてこそ、生きてくる。二の次とい
うわけです」
 ま、そりゃそーだ。…んでも、オレにはアレ、スゲェ良いモノに見えるぜ。
 ニーチャンはゴソゴソと、カウンターの宝石箱から、クマ模様の宝飾品一式、丁寧に
運んできた。
「これは、プレゼント、ですか? あの時、ご一緒にいらしたお嬢さんへの。違いますか?」
「ああ、そーだよ」
「成る程。このくすんだ銀の細工物も、これでようやく、ささやかに輝ける場所を得ら
れるのかも知れませんね」
 …。気障だねぇ、ニーチャン。ほんと、板に付いてる。

「ま、キリもいいし、おひとつ一万ってトコで…。せっかくですから」
「いや、安いならそれに越したことは…」
「ひとたび、清水の舞台から飛び降りた以上は。背中に羽根を生やして舞い戻るって具合
にはいかないものですよ」
 クスクス笑って。
「私はむしろ、その心意気に対して、商品をお売りしたのですから」
 オレが仕入値を聞いたら。万札四枚をぴらぴらさせて。
「企業秘密ですから。九割九分九厘、長期に渡るメンテナンスの費用である、とだけ…」
 …。
 ホント、志保の言うとおり、ボロい商売かもしれねーな。

                   

「お〜い、あかり〜!」
 控えめな声。…ダメだ。届いちゃいね〜。

 まだ十時前だってのに。あかりの部屋は、電気が消えている。…いや、あかりの部屋
だけじゃない、玄関から何から、みんな消えてる。
 まったく、この家は。なんでこんなに、寝るのがはえ〜んだよぉ。
「お〜い。お〜い。あかりちゃ〜ん、や〜い…」
 うんとも、すんとも言わない。
「あかりよ〜ぉ。も、寝ちまったのかよ〜ぉ」
 呼び鈴鳴らすのは、非常識だよな。そりゃ、誰か起きてるならともかくも。真っ暗
なんだもんなぁ。
 ちぇっ。
 やっと、プレゼントを手に入れたってのに。
「お〜い…」

「えっ、うそ…。ヒロユキちゃん!?」
「あっ!あかりっ…」
 声の方を振り返って、驚いた。街灯の下、あかりが立っていた。

 あかりだけじゃなかったけど。あかりと、その両親だ。
「あら、浩之君じゃないの」
「あ、おばさん、こんにち…じゃねーや、あの、こんばんは」
「どーしたの?」
「いや、ちょっと、あかりに用があって…」
「あら、そ?…あかり、風邪ひかないうちに入りなさいよねー」
 あかりの両親はチラッと目配せを交わして、さっさと家に入ってってしまった。なんだ
か楽しそうなおばさんに、オヤジさんの方は…やや渋い顔か?
 さりげなくオレとは顔を合わせないように、あかりのオヤジさん、ぼそぼそっと呟く。
「ごほん、ごほん。あー、うん、なんだ、10分経ったら、玄関のカギを閉めるからな、あかり」

 ちょっと余所行きっぽい服を着て。目の前に、あかりがいる。じっと、オレを見てる。
「…」
「あの…あのな、あかり」
「…どーしたの、浩之ちゃん?」
「うん…あ、いや、大した用じゃねーんだ」
「そう…」
「…」
「…」
「あ、あのな、だから…」
「…」
「わりい。一日遅れだけど…。あかり、誕生日、おめでとう」
「…」
 無言のまま、あかりは紙包みを受け取った。
「えっと、それ…。ほら、あれだよ。いつだったか、あやしー骨董品屋、行ったじゃねーか。
あの、クマのブローチとか、ペンダントとか…あれなんだぜ。覚えてねーか?」
 あかりは、包みを開けようとしなかった。…やべっ、やっぱり、まだ怒ってるのか。
 …そーだよな。
 だいたい、これじゃ、モノで釣るみたいだもんな。
 気にいらねーか。

「浩之ちゃん、あのね…」
「あ、あ?なんだ?」
「一日遅れじゃないよ。わたしの誕生日」
「え?」
「私の誕生日は、今日なんだよ。…やっぱり、覚えててくれなかったんだね」
「へっ?」
 ちょ、ちょっと待て。今日の日付けは…、で。…ああ、あれっ、確かにそーじゃねーか。
「ほ、ほんとだ。…おいおいっ、それじゃなんで昨日…」
「だって今日は、雅史ちゃんのサッカーの試合があるし。昼間、みんなで応援に行って
きたんだよ。…それに、私の家、誕生日の日はたいていお出かけするし。お買い物して、
映画見て」
「ああ…」
 成る程な。丁度、帰ってきたところってワケか。
「…それに、私」
「なんだよ」
「昨日、雅史ちゃんと保科さんから。たぶん、ほとんど全部だと思うけど…聞いちゃっ
たから」
「…」
「これ、ありがと、浩之ちゃん…」
「う、ああ、うん」
「…でも。でも、ヒドイよ、浩之ちゃん。教えてくれれば…。わたし、浩之ちゃんに
説明して欲しかったよ…」
 今にも泣き出しそうなあかり。
 オレにはぎこちなく、肩を支えてやるコトしかできない。

「…オメーって、泣いてばかりだな」
「それ、誰のせい?」
「オレのせいか?」
「そうよ…。ぜんぶ、ぜーんぶ、そうなんだもん…」
「あ、おい、ホントに泣くなよ…」

                   

 昨日がオレの運、どん底ならば。今日は幾らか取り返したって気分だ。
 けど。この夜の出来事には一応、オチが付く。

 ペンダント、耳飾り、髪飾り、ブローチ。オレも手伝ってやって。それは、あかりの余所行きの服に、素晴らしく栄えた…と、オレには思えた。
 あかりはもう泣きやんで。いつものように、ニコニコしている。

 オレはちょっと、悪戯してみたくなった。
 というか、こないだ、こーちょくさせられた御礼ってトコだ。

 あかりの後ろに回り込んで。
「…なぁ、あかり」
「なぁに?」
 くるっと振り返るところを、狙いすまして。…ちゅっ。
「…あ」
 よっしゃ、バッチリ。
 最初、何が起こったか分からないって風のあかり。…で、そのあと、目を丸くする。
  オレの予想通り、こーちょくして…。
 …ふらり、と。オレの腕の中に倒れ込んだ。

「やべっ!おばさんっ!おばさんっ!ちょっと、来てくれ〜っ!あかりのヤツ、倒れちまったよっ!おい、こらっ、しっかりしてくれっ、あかりぃ〜っ!」

 コイツのよーなお子さまには、刺激が強すぎたな。


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