chapter 7
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クマの代役、本日で終了!…って、一週間のハズが、結局、十日以上にもなったんだ
けどな。
とにかく、終わったぜ。
ニコニコ笑顔のカエちゃん主任に、誉められた。
「ごくろーさまでしたっ!…ん〜、けどキミってば、根性あるよねっ。さっすが、ワタシ
の見込んだ子!」
「へへっ、ま、それほどでも…」
誉められて、悪い気はしねーよな。
「もって二、三日だと思ってたもん、あっちのクマってば、メチャ重いからね〜」
「…へ?あっち?」
「男性用。…って言うか、古いタイプなんで、もー長いこと使ってなかったんだけど」
「???」
「ここの操業開始当時は、あんなの使ってたんだって言うから。無茶苦茶よね〜。…ま、
当時のキグルミ製造技術、押して知るべしってトコかしら」
「あの…、イマイチ、話が見えてこないんですけど」
「え?そう?…だって、ほら、ここ何代も、クマちゃん役はオネーサンって決まってた
から。男の子に同じキグルミ、使わせる?」
「…」
そ、そりゃあ、汗だくになるし…。
けど、つまり。
もっと軽くて、もっと動きやすくて、もっと通気性が良くて、もっと真っ当なアルバ
イターに相応しい…ってクマのキグルミが、あるわけだな、ここに。
…そう、ですか。
ぶち。
「うがあっ、このアマっ。もー、ゆるせーん!金輪際、こんなトコでアルバイトするも
んかっ!」
「あら…、怒ったお顔もステキね、ハンサムさん。そだそだ、これからこのオネーサマ
と飲みに行かない?おごらせてあげるわよぉ、遠慮しないで」
「ざけんなっ!やっとれんわっ!」
喚(わめ)くだけ喚いて、隙をついて遁走!脱兎!
力で主任にゃ、勝てねーもん。
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「なんやの、あんたらはっ。ケンカしとったやん!」
「え?ん、まぁ…」
「えっと…」
「…まぁ」
「…ねぇ」
オレとあかり、顔を見合わせて。
「知らん。これやから東京モンは…ブツブツ」
ぷいっ、と。真っ赤な顔で。…あれ、マジで怒ってるのか?
あかりとオレが今、並んでるのは。委員長、オメーや、それから雅史のおかげだろ?
…ヘンなヤツだなぁ。
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次の週の頃のこと。
オレはあかりにつき合って、ツルギヤの屋上に来ていた。
成る程、主任の言ってた事、九割方はホントだったな。
主任と同じくらいきれいで、主任よりも若いお姉さんが、キグルミの頭部をぽこっと
取って、休憩している。ハンケチで汗を拭うソバから、つつーっと。
そーだよ、外は肌寒いくらいなのに、中はめちゃめちゃ暑いんだ。
…オネーサンの額を流れてく、玉のような汗。…うう、なんか色っぽいかも…って、
おい。やばいって。
「どーしたの、浩之ちゃん?」
タイミング的に鋭いぜ、あかり。
「おねーさん、こんにちは」
「あら、くま子ちゃんじゃない、おひさしぶり」
あかりはちらっとオレの顔を見て、恥ずかしそうに言った。
「そのあだ名、やめて下さいよぉ、恥ずかしいんですから」
またまたちらっと、こっちを窺いつつ。声をひそめて何か言ってる。
「…あの、先日はありがとうございました」
「へ?なんだっけ?」
「あの…ほら、へんなこと、ぐちっていうか…。延々と…。先週の木曜日」
「ん〜、えっと…くま子ちゃん、ワタシ、話が見えてこないんだけどさ。なにか、勘違い
してない?だって…先週はまるまる、風邪で寝込んじゃっててさ。今年のはホント、タチ
悪いよぉ。おかげでこっちは卒研提出が危ないわ」
「?」
「ああ、そっか。なんか、代わりの子雇ったって言ってたから…」
「え…!?」
「たぶん、その子ね。…くま子ちゃん、気が付かなかったの?」
「う…、そ…」
あかりのヤツ。口をぱくぱく、声も出ない。目をまんまるにして。
おもしれ〜カオ。
ま。
ちょっと、かわいそうだな。…でも、口が裂けたって言えねぇけどよ。
アレはオレだよー、なんて。
それこそ、一生モンの秘密だ。
END