2.DREAM/D-RAM
−これは何? ここはどこ? ここは……そう、アメリカ、ロサンゼルス
郊外? 一度も来たことがないはずなのに……そんなデータにアクセスした
こともないはずなのに、どうして、そんなことがわかるの?
−あれは誰? あれは……お父様とお母様? そう、綾香お嬢様のご両親。
でも、先日お目にかかったときより、10歳ほど若いように見える。
−これは……芹香お嬢様? 綾香お嬢様の姉上。でも、これは、おふたり
が7、8歳くらいのときの光景……アメリカから戻られた綾香様が芹香様に
再会されたときの記憶……。
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(おはよう。それと始めましてかな?)
これは何? この人は誰? 私……知らないはずなのに知ってる。
(僕のいうことがわかるかい?)
(−はい)
そう、この人は私……いえ、HMX-13セリオの開発者のひとり。
(よろしい、ではキミの名前は?)
(−開発コードHMX-13、セリオです)
ああ、そうか。これは、セリオの記憶なのね。
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翌日の放課後。お互いの現状を確認しあった芹緒とアヤカは、何とか
帰り道で浩之を捕捉することに成功し、ヤックに引っ張り込んでいた。
「で、そんな冗談でオレをかつごうっていうのか?」
もっとも、ふたりの話を聞いた浩之の反応は、最初非常に素っ気無い
ものだった。まぁ、これはいつも綾香にからかわれていた浩之としては
妥当なところであろう。ある意味、綾香の自業自得と言えないこともない。
とはいえ、唯一の頼みの綱に逃げられては元も子もない。ふたりはかわ
るがわるこれが冗談ではないことを強調し、何とか半信半疑というレベル
まで、浩之を説得することができたのだった。
「でもよォ……もしそれが本当なら、オレの手にはおえないぜ」
「そんなコトは期待してないわ。善後策……っていうか、今後私たちがどう
すればいいか、ってことの相談にきたのよ」
アヤカは腕を組んで「フフン」といった顔つきで浩之のほうをニラんだ。マル
チに比べていささか作り物めいた光が宿っていたはずの瞳も、はるかに人間く
さく見える。外見こそセリオだが、確かにこういう表情を見ると中身が綾香だ
ということはうなずけた。
とはいえ、そんな風に言われてはおもしろいはずがない。ムッとした様子の
浩之をなだめるかのごとく、芹緒が口を開いた。
「−非常識ではありますが、こうなった原因は昨日、私と綾香お嬢様が激し
くぶつかったことにあると思われます。となると、ある意味浩之さんは当事
者ですし、周囲の説得など様々な面でご助力をお願いできるのではないかと
考えた次第です」
「ま、そういうことなら、オレにできる限りの協力はするけど……とりあえ
ず、話通しておかないといけない人がふたりいるぜ」
「?」
「ホレ、先輩と長瀬のオッサンだよ」
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意外なことに、芹香と長瀬主任は浩之たちの説明をあっさりと信じた。
「じつは、昨日採取したセリオのデータを解析していて、いくつか不審な
点が見られたんでね」
開発7課にある長瀬主任の私室で、4人−浩之、芹緒、アヤカ、それに芹
香は、主任が自ら入れた不味いコーヒーをすすりながら、彼の話に耳を傾け
ていた。
「なかでも、とくに自己判断ルーチンと感情制御プログラムのパターンに
異常が見られた。平たく言うと、思考がまったく別人のものだったんだよ」
「へー、そんなことまでわかるんですか……って、ん? なに、先輩?
『綾香たちの放つ"気"も、まったく入れ替わってます』? はぁ〜、じゃ、
やっぱり綾香のおフザケってわけじゃなかったんだ」
「何よう、浩之、あんた、この期に及んでまだ疑ってたの?」
「いや、まぁ、ちょっとだけ……で、元に戻すにはどうしたらいいんですか?」
目を吊り上げて怒る−セリオのボディにそんなことができたとは意外だが−
アヤカをいなしながら、浩之は長瀬に問い掛けた。
「わからん」
「わ、わからん、って……」
「セリオ−いまは、綾香さんか、のボディから思考パターンをコピーして、
他のメイドロボに転写することならできないこともなかろうが……それを人
間の脳に移し替えるとなると、話は別だ。我々は医者ではないんだよ? も
っとも、医学の心得があったからといって、それが可能だとは思えんが」
「そ、そんなぁ〜」
さすがにショックだったのか、ガックリと肩を落とすアヤカ。傍らの芹緒が
慌てて不器用に慰めている。
「ん〜、困ったなぁ。メイドロボの専門家のオッさんがそう言うんじゃ、他
の誰に相談して無駄たろうし……え、何、先輩? 『うまくいくかどうかわか
りませんが、役に立ちそうな魔法に心当たりがあります』? ほ、本当か?」
コクコク。
「『人間の魂の入れ替えを行う魔法です』? それよ、姉さん!」
しょげていたアヤカが、一瞬にして立ち直り、芹香の肩をつかんでガタガタ
と揺さぶる。
「エ? 『た、ただ、非常に困難なうえ、本来は薬物の助けを借りて行う法な
のです』? そーか、セリオのボディに薬飲ませても効きそうにねーもんな。
『ですから、万全を期して、儀式は満月の夜に行いたいと思います』?」
「次の満月っていつ?」
アヤカの問いに、長瀬主任がカレンダーをめくりながら答える。
「1週間後ですね。しかし……」
「なんだい、オッサン、難しい顔して。まぁ、科学技術者として魔法なんて
ものを信じたくないのはわかるけどな」
「いや、実際、技術者として何もしてあげられない以上、今は少しでも可能
性がある方法に賭けるべきでしょう。ただ……いや、忘れてください」
その後、儀式までの1週間、ふたりが入れ替わっていることを周囲に悟られ
ないよう、色々とフォローするための相談をして、その場はお開きとなった。