4.MOONLIGHT NIGHT
ふたりが入れ替わってからちょうど7日が過ぎた。
表面上は何事もなく、それぞれの立場を演じている……ように見える。
芹緒は、明朗快活で奔放な格闘お嬢の役回りを。
アヤカは、芹緒の護衛を務める、冷静沈着なメイドロボのフリを。
ただ、最初の頃と異なるのは、それが演技ではなく、既に半ば以上"地"に
なりつつあることだった。
ここまできても、本人たちが異常に気づかないのは、それだけ自我意識の
変容が進行している証拠なのか。
あるいは、気づいていてあえて何も言わないだけなのか。
いずれにせよ、今宵は満月。芹香が例の魔法を試すことになっている。
「δθφψ…ρνξσ……εχω………」
望月の光が窓からこうこうと室内を照らすなか。
すっかりおなじみになった、黒いトンガリ帽子に黒マント、片手に魔道書と
いう例の魔女スタイルで、芹香が呪文を唱えている。
床には大きくふたつの魔法陣が描かれ、それぞれに白いローブ1枚となった
アヤカと芹緒が横たわっている。
ふたりとも意識を失っているのか、ピクリとも動かない。
「…ριζυσ……願わくば、この者達の御魂を……」
か細い芹香の声が、それでも一段と熱を帯びる。
「…あるべき姿に!!」
瞬間、床に眠るふたりの身体がまばゆく輝いた。
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「ったく、もうあんな騒動はもうコリゴリだぜ」
数日後の放課後。
すっかり習慣と化しつつある3人-芹香、綾香、セリオとの下校の途中、
浩之がボヤいた。
「ま、今回は先輩の魔法のおかげで助かったけどな」
あの夜、芹香の魔法の儀式は奇跡的に成功したのだ。
ポッ。
ほのかに頬を染める芹香を見て、浩之は、
(ああっ、やっぱり先輩はカワイイぜ、コンチクショウ!!)
と、意味不明な突っ込みを心の中で入れている。
微笑ましいふたりから、少し離れて、綾香とセリオは並んで歩いていた。
「ねぇ、セリオ」
「-はい、何でしょうか?」
「私の記憶、覚えてる?」
「-はい、全てではありませんが、おおよそは」
「…じゃあ、私が浩之に対して、どんな感情を抱いてるかも知ってるワケね」
「-……はい」
「そっか……」
フッと、らしくない溜め息なんぞついてみせたあと、一転、いつもの悪戯っ
ぽい笑みを浮かべる綾香。
「でもさ、私もアンタの記憶をなんとなく覚えてんのよねぇ~」
「-!」
そんな機能はないはずなのに、セリオの顔色が変わった-かのように見えた。
「ふっふっふ、セリオちゃ~ん、愛しの浩之さんと一緒に帰れて幸せ?」
もはや、傍目にも明らかな真っ赤なトマト状態のセリオ。ほとんどオーバー
ヒートする寸前だ。
「私ね、なんとなくだけど、あの日、私たちの心が入れ替わった原因が
わかるような気がするのよね」
あの時、「浩之が危ない」と認識した時のふたりの心の中には、「好きな人を
助けたい」という想いでいっぱいだった。その想いがシンクロしたからこそ、
あんな非常識な事態が起こったのかもしれない。
「でもね~、大変よ。恋敵(ライバル)が多くて。姉さんでしょ、葵でしょ、
あかりとか言う幼なじみの娘でしょ……」
「-マルチさんも浩之さんのことが好きみたいです」
「そう、それにもちろん、わ・た・し」
自分を指差してニッコリ笑う綾香。
一瞬、セリオは立ち止まり、それから微かに口元をほころばせた。
「私も負けません」
躊躇なく言い切るその瞳の輝きは、紛れもなく恋する少女の証。
綾香とセリオは正面から見つめあった。
「お~い、ふたりともぉ、なに道の真ん中で立ち止まってんだ!?」
50メートルほど先から、浩之がふたりを呼ぶ声がする。
傍らには、しっかり彼の袖をつかむ芹香。「腕を組む」や「手をつなぐ」でない
のが芹香らしいが……。
「ああっ、姉さん、ズルイ」
「-行きましょう、綾香お嬢様」
ふたりの少女は坂道を駆け下る。ちょっと照れ屋で鈍感な…けれど、愛しい
少年のもとへと。
さわやかな風と陽光が初夏の到来を告げる、そんな平和な午後の1コマだった。
<HAPPY END>