第三章

 いまではセリオは老人達の看護婦となっていた。ハルの信用を得たことで老人達がセ
リオのいうことだけは素直に聞くようになっていた。子供達の受けもよく、老人達から
の信任もあるとなるとますます他の看護婦達からは嫌われていった。
 だが、なかなか言うことの聞いてくれない老人や子供達の面倒をみてくれるというこ
としか彼女を評価しようとしなくなっていった。
 むろんそんなことを考えない心ある看護婦もいるのだが、患者からセリオと比較され
たりするとそんな彼女たちも内心穏やかならざるものが生まれるのだった。
 こうしてセリオはますます孤立していくのだが、彼女自身がそれを感じていなかった
ので表向きは問題がないように見えた。

「なぁセリオさん。外に出かけたいんだがどうじゃろう?」
 ハルは外を見たままセリオに尋ねた。
「どちらへ出かけられるのですか?」
 ハルはこれまでにも何度か外へ出歩いていた。セリオも敷地内であれば体調の良い日
のみだが外出を許可していた。また、充もそれを認可していた。
「知り合いの所じゃよ。隣町の老人ホームに入っておるのでな。様子を見に行きたいん
じゃよ。」
 ハルはいつになく寂しそうに口を開く。
 だが、敷地外への外出許可はセリオの一存で決めることが出来なかった。
「申し訳ございません。私では決められないので柿荏田看護士に聞いてみます。」
 セリオは申し訳なさそうに頭を下げる。
「そうか・・・では聞いてもらえるかの?どうしても出かけたいんじゃ」
 ハルは外を見たままだった。
 しばらくして充はハルの診察をし終えるとセリオを同伴させるという条件で外出を許可
した。また、セリオには何かあったらすぐに連絡をよこすように命令した。
 ハルはニコニコしながら上着を着ると、「夕方には帰るよ」と言い残してセリオと共に
病院から出かけた。
 二人はトコトコと歩道を歩いていった。
 しばらく進んだところでセリオが「疲れませんか?」と尋ねると、ハルはにこやかに
「この程度でくたばるもんかい」と答える。
 セリオはそれでもハルの気遣いながら道を歩いていった。

 1時間ほど歩くと目的地である松寿園についた。ハルは少しも疲れた様子を見せずに
中へと入っていく。セリオもそれについて園内には行っていった。
 さほど大きくない園内の一角に老婆達が集まっていた。
「おやおや、ハルさんいらっしゃい」
 人の良さそうな老婆がハルを見つける。
 ハルも優しい顔をしながら挨拶する。
「そちらの方はどなたかね?メイドロボのように見えるのだが・・・」
 老婆はセリオの方をみながら尋ねる。
「初めまして、セリオです。現在柿荏田医院でハルさんの面倒をみさせて貰っています」

 老婆はころころと笑いながら「それは大変なことでしょうね」と答えた。
 ハルはその答えに少しふてくされながら、どうしてこんな所に集まっているのか尋ねた。
「実はそろそろおやつの時間なのだけれど、いっこうに来なくて困っているのよ。」
 老婆は少し困った顔をしながら答える。
「では、私が見てきます。」
 そう答えるとセリオは調理場の方へ歩いていった。
 調理場のドアを開けると、エプロンを付けた中年の女性がうずくまっていた。
「どうしたんですか?」
 セリオはそばに駆け寄るとすぐに診察を始めた。
「だ、大丈夫よ。いつものことだから・・・・」
 女性は荒い息をつきながら立とうとするが足に力が入らなくてすぐに座り込んでしまう。
「ムリをなさらないでください。救急車を呼びましたから」
 女性は驚いたように顔を上げるが、セリオの耳飾りを見ると全てを理解した。
「ごめんなさいね。」
 女性は一言礼を言うと気を失った。

 救急車は到着すると女性を乗せてすぐに出ていってしまった。
 それを見送りながら先ほどの老婆が困ったような声を出した。
「今日はあの方一人しかいないのよ。これから代わりの人を呼ぶ事もできないし困った
わ・・・・」
 それを聞いて他の老人達もお互いの顔を見合わせてしまった。
 自分たちだけならばなんとかなるが、ここには何人かの寝たきりの人たちもいる。
  その人達の面倒はいったい誰が見るのだろうか?
 そんな不安に包まれているとハルが一つの案を出した。
「儂らが面倒を見てやるよ。」
 ハルは胸を張ってそう言い切るが、セリオはそれに反対した。
「あなたは病人なんです。その様なことはさせられません。
 それに夕方までに帰ると柿荏田看護士と約束したでしょう?」
 だが、ハルはその様なことに従おうという素振りは全く見せなかった。
 じっとセリオを睨み続ける。そしてセリオもハルの目を見つめ続ける。
 しばらく睨み合って、ハルが折衷案を出した。充の意見を聞いてみようと言うものだった。
 セリオも少し考え、その案に賛成した。

 セリオの通信装置で話し合うこと30分後、ようやく決着が付いた。
 人を二人ほど今夜だけ出張させるというものだった。そのうちの一人はセリオで、
もう一人は充自身と言うことで決着が付いた。そのかわりハルは病院に戻り、看護婦の
言うことをきちんと聞いておとなしくしている条件が付けられた。
 ハルはそれを承諾し、素直に病院に戻ることにした。
 夕方、セリオはメイドロボの実力を発揮し、一人で20人分の食事を作ってしまった。

 充自身はそれほど料理が上手なわけではないし、多人数分の食事を作った経験もなかっ
たのでセリオに全てを任せることにした。そのかわりに掃除や洗濯などを一手に引き受け
たのだった。
 そして、セリオの食事を口にしたとき、その場に居合わせた全ての人間が彼女の料理
を絶賛した。充もやはり高いメイドロボは違うなぁと考えながら、家のメイドロボの
買い換えを考え始めていた。
 そして、この話を聞いたハルは一人で先に帰ってきたことを心底後悔した。

 そろそろ日付が代わろうかという頃、充は庭に出て頭上の月を眺めながらタバコを吸っ
ていた。

『何故メイドロボ導入した病院で人的事故が起きるか?』
 この問題に対して彼の頭の中では一つの答えが出つつあった。
『人間がメイドロボの能力に嫉妬する』
 彼はそう結論づけた。
 その答え自体は難しくはない、だが問題を解決するのは途方もなく難しかった。
 本来人のサポートをするべきメイドロボが人間を越える能力を発揮する。
『ロボットなんだから何でも出来るように作られているんだ』
 そうは分かっていても人に作られた物が人よりも優秀であることはなかなか受け入れ
られるものではなかった。そして、その嫉妬が事故を引き起こしているのだと。この問題
を解決する方法は使う側、つまり人間達が啓蒙されなければならなかった。
 そしてもう一つの問題、『何故セリオは老人や子供達に人気があるのか』
 それは彼女が論理的に行動するからではないだろうか?
 彼女の行動には全て何らかの理由がある。
 彼女が許可しないときは、許可しない理由を明確にしてきた。
 この事が患者達から評価されているのだろう。
 だが、これにはさらに難しい問題が存在する。
 セリオが患者の要求に対して許可を出せるのは彼女のとった行動の責任を全て充が負う
からであって、セリオ自身が負うわけではないからである。
 ところが看護婦達の場合、自分の行動は原則として自分が責任をとらなくてはならない。
 患者の頼みを聞き入れて不測の事態が起きてしまったときのことを考えれば用心せざる
おえないというものである。
 つまり患者達は表面的なところでしか考えてはいないが、看護婦達には看護婦達の言
い分もあるのである。
 だがそれを理解して貰うのは大変なことだった。
 充は夜空に浮かぶ月を眺めながら『これから自分たちがどうあるべきか』それを考え
なくてはならなかった。




PREV    NEXT

インデックスへ戻る