4月17日(木)〜 小鳥に囲まれた少女


その日、いつも通りに研究所の中庭に来てみると、セリオの姿がない。
どこに行ったのか探していると、研究所をぐるりと囲む緑の濃い森の庭の一角
で、備え付けられた丸太製の長椅子に座っていた。
声を掛けようとした寸前、僕は思い留まる…。
既に先客がいたからだ。
僕はくすりと微笑むと、ゆっくりと忍び足で近づいていった。

「――………」


キリリコロコロ

キリリコロロチュイビュイビューチイ

キリリコロコロ

キリリコロロチュイビュイビューチイ


「こんにちは、セリオ」

僕は後ろから近づいて、セリオに声を掛けた。

すると、ぱぁっとセリオに群がっていた小鳥たちが、一斉に飛び立っていって
しまった。

「あ……、ご、ごめん! 驚かさないように、そっと近づいたつもりだったん
だけど……」
「――……いえ、ご心配なさらずに。大丈夫です」

セリオがそう言っている間にも、様子を伺っていた鳥たちが、一羽一羽、彼女
の所に戻ってきた。

「へー、良く懐いているね」

小鳥たちはセリオの肩や膝の上や頭の上、さらには大きく突き出た白い耳パッ
ドにも器用にとまっている。

スッとセリオが指を横に出すと、頭の上に乗っていた一羽がその指にとまる。
セリオはその小鳥を、じ〜〜っと見つめていた。

「何ていう名前の鳥なのかな?」

僕が何気なしに呟くと、

「――カワラヒワ。スズメ目アトリ科。主に河原に棲むところからそう呼ばれ
るが、木のある所ならば街にも生息。全長14,5p。スズメと同じ大きさ。
体は褐色がかった緑色をし、尾は黒く、三角にくぼんだ形をしている。くちば
しは淡いピンク色で短く鋭い。つばさと尾に黄色い模様がある。夏羽、冬羽は
同色。オスはメスよりも緑色が濃い」

セリオはそう、かなり詳しい説明をしてくれた。しかし僕は、それでは納得し
なかった。

「他には?」
「――かなり高い所を鳴きながら飛び、一年中、木の実や草の実を食べながら
過ごす。冬は雑木林などで群れをつくって……」
「いや、そうじゃなくてね。もっと…そのセリオの指にとまっている小鳥を見
て、何か感じない?」

ダウンロードしたデータをそのまま朗読する彼女に、僕は苦笑いしながら再度
聞き返した。

「――……くちばし1,1p、つばさ7,8p、尾4,8p、あし1,7p」

ずうぃぃぃん、と音を立てながら言う。どうやらズームか何かを使っているん
だろうが………。

「そ、そうじゃなくって。その……可愛い、とか思わない?」
「――………カワイイ……ですか?」

キョトンとした……というより、いつもと変わらぬポッカリと穴の空いたよう
な目で訊いてくるセリオ。

「うん。そう思わない?」

セリオはジッと目の前の小鳥を見つめながら

「――……カワイイ…です」
「うん、そう。セリオも可愛いよ」

思わずそんなことを口走ってしまった。
慌てて何か言おうとしたが、セリオが特に気にせず黙っていたので、そのまま
下手ないい訳はしないことにした。

……でも、小鳥たちに囲まれながら、その一羽一羽を熱心に観察している彼女
の姿を見たとき、僕は純粋にそう思った。

――もしかして、セリオには心があるのではないだろうか?

人間の意志とか感情とかが電気信号の集まりならば、ロボットに心があっても別に
不思議ではない――

僕はそう思い、自分を――嘲笑った。

違うだろ? 長瀬祐介。お前はセリオの中に心を見つけたいんだろ?

そうして、彼女を救えなかったという事実を、誤魔化そうとしているだけなん
だろ?

心のないロボットに心を見つけ出すことで、さも心を失った彼女を救ったと…
思い込みたいだけなんだろ?

そんなことをしったって――瑠璃子さんは戻ってこないのに――。


「――祐介さん。どうかなさいましたか?」
「………ん。いや、なんでもないよ」

小鳥たちに囲まれるセリオを見ながら、僕はふっと表情を和ませた。

――そう。すべては過ぎ去ってしまったこと――

キリリコロコロ、とセリオを囲む鳥が鳴く。
その日は結局、カワラヒワたちがすべて飛び立っていくまで、ずっと二人でそ
こに座っていた……。




―――その夜、データ解析後


「――主任。つかぬ事をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「なに、セリオ。どこか異常でも?」

テキパキとデータ表の確認を行いながら、セリオの開発者である相田主任は聞
き返した。

「――私、カワイイですか?」
「は?」

ピタッと手を止めて、主任はまん丸の眼でセリオを見た。セリオは無表情のま
ま、黙ってメンテナンスシートに横たわっている。
その姿を訝しげに眺めていた彼女だったが、ふっと表情をほころばせると、

「そうね。女の私から見ても、セリオは十分可愛いと思うわよ」
「――そうですか。ありがとうございます」
「でもね…」
「――?」
「どちらかと言えば、可愛いって言うのはマルチのようなコのことを言うわね。
セリオは…カワイイと言うより、『綺麗』の方だと思うわ」
「――キレイ…ですか」
「そう。今度『私、綺麗ですか?』って、彼に訊いてご覧なさい。きっと良い
返事をしてくれるわよ」
「――はい。わかりました。ではそういたします」
「……ぷっ…」
「――………」







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