前書きのいいわけ
　これ、最初は、物語冒頭の状況設定説明文にしようと思って書き始めたんですね。
　ところがところが、暴走しまくって、ズラズラズラッと長くなってきたんで、それは
諦めました。
　…と言うわけで、この文章って、起承転結も何もありません。ワケワカンナイところ
とかさえ在るかも。
　本編の補足のような具合で、目を通していただけると有り難いッス。
　ではでは…。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ふうら




　　　　　　　　　　　　『Ｓｅｒｉｏ概説』

　過ぎ去ったのちより俯瞰したならば。
　全てが来栖川の思惑に沿って推移していたかのように見える、誰もがそれで納得する、
そんな一年であった。
　彼女たちの進化の行く末を定めた、記念すべき時。来栖川の一開発者の思い描いた一つ
の未来予想図に、神が判を押した時。
　後世、メイドロボ史における一つのターニングポイントとして明記されることになる
時。

　のちにＳｅｒｉｏ第一世代、もしくはＴｙｐｅ�Tと称されることになる、それは。問題
とされるほどの欠陥もなく、マイナーバージョンアップを順調に繰り返し、人間の生活を
快適にサポートする道具として完成の域に近づきつつあった。なによりもその画期的な
コンセプトで、コトの初めより他に勝利していたと言えよう。
　確かに、素材やメカニズムなど、日進月歩の勢いで進歩していく。単体性能では、素
晴らしいメイドロボ、セリオを越えるマシンは幾つも登場した。また、衛星回線による
アクセス機能も、家電メーカー大手のハイエンドなメイドロボにおいては標準搭載の方
向で進んでいた。
　だが、他のどの企業も。来栖川ほど、様々な業種に渡って事業展開しているという財
閥的側面を持ち合わせていなかったが為に。手持ちの札として揃えられるknow-howの蓄
積において、その必然的結果として導き出される汎用性で、総合としては一歩も二歩も
譲らざるを得なかった。
　ハード性能の旧式化を、膨大な量にして高品質のソフトが補う。この構図を明確に示
したのである。

　…が、しかし、開発者側としては、まだまだ不満が多かったことだろう。
　セリオ単体にしても。そのセリオと衛星によって結ばれる来栖川のデータベースまで
をも含めた、システム全体にしても。
　無限の可能性と、必ずやそれを思いついてしまう因果な脳味噌に、人類は不自由しな
いのである。

　その年。
　『来栖川グループ』から発表された年始第一報が、まず、驚くべきものであった。
　正式発売以来数年、他社製品を圧倒するキラーアプリケーションとして記録的な利益
業績を上げてきた『来栖川エレクトロニクス』社製メイドロボＨＭＸ１３型、通称セリオ
を、残らず回収するというのである。
　完全所有権譲渡形式のマルチとは違い、セリオは当初より年度単位の契約更新型、つ
まりレンタル方式とされていた為、その辺りの法的問題は発生しない。
　…が、単なる事業縮小であるとする、誰もが釈然としないその理由に、関係筋内外か
らの問い合わせが殺到した。
　この時点での、どのシンクタンクの試算においても、来栖川全体のイメージダウンそ
の他を考慮した上で、この行為はやはりマイナスでしかないとされた。セリオタイプへ
の増資のみならず、それに牽引されるかのように好調であるメイドロボ事業への大規模
な資本投下こそが、来栖川全体のより膨大な利益へと繋がる。「１＋１＝２」であるよ
うに、解釈を請われた調査機関のいずれもが同様な回答を弾き出した。…ただ来栖川財
閥お抱えのシンクタンクのみが、黙して語らず。どの通信社の求めにも応じなかったの
だが。
　結果、記者会見まで開かれる騒ぎとなる。…いや、もとよりそれを狙っての、素っ気
ない文書発表だったのだろう。

　来栖川グループ工業種部門の広報室長として会見の矢面に立ったのは、当時、若干２２
歳の女性。オクスフォードを主席で卒業、来栖川の次世代を担うキャリア組の筆頭とし
てその手腕の片鱗を示し始めていた、来栖川家の直系でもある美貌の才媛、来栖川綾香
女史。
　余談ではあるが、のちの来栖川グループ大改革後の初代総帥の、はからずもこれが初
舞台となった。
　この時の彼女は、にべもなく。「経営戦略上の指針調整から導き出された、ほんの些細
な結果の一つに過ぎませんのよ」という態度を崩すことなく、彼女の役職に課せられた
義務を淡々とこなした。
　人形のように綺麗だけれど、心の冷たそうな女、頭の固そうな女、有能なだけで面白
みも何もない、まるでセリオ…。会場の男性諸氏の思い浮かべた感想は、大方そんなと
ころだっただろう。
　会場を去る車中、してやったりと、年相応の女性らしくクスクスと笑っていたのを守衛
だけが目撃したというが、その話は極めて信憑性に欠ける。幾度か繰り返されることに
なる記者会見と、その後の流れから、のちに作られたまことしやかな噂に過ぎないとさ
れている。

　次の記者会見。
　『ネオ・グーテンベルグ・プロジェクト』と、その産物であるところのデータベース
『Ｓ・ライブラリ』。極秘裏に進められてきたというその計画の存在、及び進行状況が
明らかにされたのは、春も間近の頃である。
　十数年も昔に、来栖川が米国の一団体から、名称その他、実施遂行に必要な全ての権
利を取得していたのだという。古今東西の書物を残らず電子データ化し、より長く、よ
り広く、人類の活用するところと成す。来栖川の採算度外視とも思える財力投入により、
そんな夢物語が現実となる。
「来栖川の社会貢献の一つと捉えていただければ、幸いですわ」
　セリオに代わる新型の発表に違いないと期待していた人々は、肩すかしを喰わされた
のだが…。会場の誰一人として、ライブラリの頭に冠せられた『Ｓ』の意味に注意を払
うことなく、発表は予定通りに終了した。
　その社会貢献が、現実にはどういう形となるのか、どのような手段を持って為される
のか。年若い広報室長は、おそらくは故意に触れなかったので。皆一様に、インターネッ
ト上での資料検索くらいしか思い浮かべなかったことだろう。
　知識の活用。データベースとヒトと、その間に立つインターフェイスこそが問題なの
である。

　四月、五月と。
　『来栖川物産』が米国の企業と人工衛星の単独購入契約を交わした話、事象連携想起
型バイオコンピュータの実用化第一号で『来栖川バイオロジカル』、『来栖川帝都電信
網』がテラビット／秒単位の情報を扱うことが可能な高品位閉鎖型回線網を実験配備、
等々。
　これら以外にも多種多様な分野で、相変わらず来栖川の名は紙面を賑わしていたが。
セリオ回収完了の記事は、ごく小さなものにとどまった。
　ライバル企業はここぞとばかりに新型を発表する。常に他をリードしてきた「来栖川
エレクトロニクス」が、ともすれば完全撤退の下準備ともとられかねない行動に出たこ
とで、その後の沈黙が不可解ながらも、喜ばぬワケがなく。来栖川のシェアを切り取る
チャンスであるのだから。
　そうして初夏のボーナス商戦期は、業界の雄を欠いたまま、久々の活況を呈していた…
かのように見えた。実際、終わってみれば。
　とある国営放送調べの、この時期の秋葉原及び日本橋におけるメイドロボ販売の集計
データが存在する。その資料によれば、前年度、前々年度に比べ、明らかに落ち込んで
いる。

　全ては、セリオ第二世代登場の噂が原因であった。
　それは、来栖川が故意に漏らした、口コミによる伝播を狙った宣伝活動だったのだろ
うか。それとも、内部でも一部の人間しか把握していなかったという、その壮大な複合
プロジェクトを完全に隠蔽することに失敗しただけやもしれぬ。
　噂は、現実となる。

　『Ｓｅｒｉｏ・Ｔｙｐｅ�U』、またの名を『セリオ・ナンバーズ』。
　シリアルナンバーが付された日本国内のみの完全限定発売。総数は西暦にピタリと合
わせられた。
　その年の秋、登場。
　ウリとなる特徴はやはり、データアクセス機能である。が、セリオ従来種と比べ、計
り知れぬほど強化された。新型は、人類が持ち得た最大規模の知識ライブラリを、最大
限に活用する為のエキスパートとして生まれ変わったのである。
　だがしかし、それ以上に。セリオ・ナンバーズは世界を驚かせることとなる特徴を、
複数、有していた。彼女は、様々な理由から実用化は不可能とされてきた、本格的な経
験蓄積型なのである。…と同時に、操演遍在型なる新方式も採用されている。
　その時点でのメイドロボとしては特異な存在である。
　操演遍在型とは何か。この言葉は、同様の方式を採用した他社製品が登場して初めて
作られた。
　購入した主人の元におかれるメイドロボ、この場合つまりセリオは、セリオの形をし
た端末に過ぎない。セリオ端末に搭載された電子頭脳にインプットされている諸機能は、
旧型Ｔｙｐｅ�Tにすら劣るかもしれない。
　何故か。それは、セリオ端末の身体の動きを司る小脳的部分だから。セリオは、通常
使用者にセリオと認識されるボディの中には存在しないのである。
　大幅な外部依存へのシフト、通信機能の一つの方向性。
　端末は、状況は瞬時に来栖川メインコンピュータ上の『セリオ』へと送られ、その
『セリオ』の現時点における最良の指示を仰ぎ、実行する。だが、その見た目は、通常
のメイドロボとなんら変わることはなく。
　その結果。
　端末は日夜、世界の状況をメインコンピュータ上の『セリオ』へと送り続ける。『セリオ』
は考え続け、そして、自らを更新し続ける。より高機能なセリオへと、そして、より人間
らしさを演じられるセリオへと。
　どのセリオ端末が経験したことでも、次の日には、それは全てのセリオの共有財産と
なる。日本国中に遍在するセリオは、語弊はあろうが、全てが同じセリオなのである。
　内蔵方式の容積的限界から解き放たれると同時に、個としての限界、いわば空間から
も解き放たれた『セリオ』。
　際限なく自己拡張を続けていく『セリオ』は、今や、あの幻のプロトタイプマルチ以上
に人間らしく振る舞うコトなど容易なのである。

「『セリオ』本体がドコに置かれているか、ですか？…ふふ、それはナイショですわ。
皆さんよくご存じの場所なんですけどね。緊急時の補助は、日本の各所に点在してます
けど…」
「ネオ・グーテンベルグ・プロジェクトは現在、優先的に置き換えが進んでいるジャン
ル、技術書や実用書の類ですわね、こちらで８５％程度です。やはり娯楽や、哲学・思想
関連は後回しとなりますので…。小説などの娯楽系統３０％に足らずというのは、個人的
には不本意なのですけど。それでも、総合平均６０％強にまで達しておりますわ」
「ええ、事象連携想起型、つまり近接未来予測ですわね。次の瞬間に起こる事態を経験
から予測するという…。衛星からのダイレクトコネクトとはいえ、やはり微妙にタイム
ラグが発生します。それを少しでも解消するためには、常に先の対策を立てなければな
りませんし…」
「もちろん、一台に２０００からのセリオがぶら下がってる、なんておバカなシステム
は思い浮かべないで下さいね。『セリオ』の存在する領域を、人間の脳のような感覚で
数えられてしまうと、おかしなコトになりますけれど。それでも、判りやすく大ざっぱ
に言ってしまえば、ツリー階層状の…」
　過去二回の記者会見とは打って変わって、来栖川綾香女史はかろやかに喋り続け、質問
にも的確に応えていく。
　あでやかな微笑みを終始振り撒き続けて、会場中の男性諸氏を魅了したという…。