誰かにとっての不幸な土曜日
「やっほ~、浩之元気ぃ?」
浩之は商店街のゲーセンのそばで一番会いたくない人物にあってしまった。
来栖川 綾香。芹香先輩の妹君にしてエクストリームの女王。
「あ?あぁ、元気だよ」
浩之は平静を装いながら答える。
「じつはさぁ、ちょっと頼み事があるんだけどいいかな?」
「ん?何だよいったい」
「じつはさぁ・・・・」
綾香が口を開きかけたとき別の人物が割り込んできた。
「ヒロぉ、ひとがカラオケの会計している間にナンパなんてひっどぉい」
志保が機関銃のような口調で浩之を責める。
「いや、知り合いに会ったからさ」
「知り合い?」
志保が綾香の方に向き直る。
「あんたもしかして来栖川綾香?」
初対面の人物にあんまりの言葉だが綾香は全く気にとめない。
「そういうあなたはなんて言うの?」
「あら、この志保ちゃんを知らないなんてあんた遅れてるわよぉ」
「知ってるよ、結構有名だよ。突撃レポーターの志保って言えば寺女でも有名だもの」
いったいどんな意味で何だ?と心の中で突っ込んではみたがここは穏便に済ませたい
浩之は綾香に続きを促した。
「あのさ、バイオハザード2って面白いの?」
むろんカプコンから発売されたアクションゲームのことである。
「ああ、まぁまぁかな?」
「アレは絶対買いよ!志保ちゃんが保証するわ」
志保が胸をそらしながら断言する。
「隠しキャラ全部出したんだから。すごく面白かったわよ」
(・・・・半分は雅史にやらせたんじゃねーか)
と心の中で付け加えるが口には出さない。別にうそは言っていないのだから
「ふーん、じゃ買うことにするわ。ありがとう」
綾香はゲーム屋の方に向かって歩き始める。
「ちょっと待って」
志保が綾香を引き留める。
「これを持っていって」
そう言うと志保は綾香に一枚の名刺を差し出した。
名前とPHSと自分の家の電話番号が書かれただけの簡単なモノだが。
「ここに電話してくれればどんな情報でもすぐにお伝えしちゃうわよ」
「・・・・ま、貰っておくわね」
綾香はそれを財布にしまうと再び歩き始めた。
「え?実験を手伝ってほしい?」
バイオハザードをやっていた綾香は突然の姉の頼みに驚いた。
「うーん、でもそういうことは・・・」
普段こんな事を頼まない姉の頼みを素直に引き受ける気にはならなかった。
「・・・・・・・」
「バイト料は出す?5000円?」
そう聞くと綾香は頭の中で算盤をはじきはじめた。
芹香にはお小遣いというものはない。普段からそんなに買い物をするわけではないし、
セバスチャンがきちっと見張っているのでそうそう無駄遣いもできないのだ。
ところが綾香の方には一定の額のお小遣いというものがある。綾香が自立した行動を
望むので制限を付けたのである。無論、普通の女子高生に比べれば多い額だがなんでも
できるというわけにはいかないのだ。
今月は少し懐が寂しかった。服を買ったり、葵とスキーに行ったりといろいろ忙しかっ
たのだ。月末まで1週間で5000円の収入は貴重である。
「うーん、わかった。ひきうけるわよ」
それを聞くと芹香は茶色の瓶と得体の知れない色をしたフラスコを差し出した。
「・・・・何なの、これ?」
茶色の瓶の中身は見えないが、フラスコの中身は灰色と緑とおうど色の中間色をして
いた。
(危険だ・・・・)
綾香の本能はすぐにそう判断した。(誰でもそう思うのかもしれないが)
「姉さん、やっぱりこういうことは浩之に頼んだ方がいいんじゃない?」
綾香は逃げ腰に姉に提案する。
「・・・・・」
「え、用事があるって言っていた?」
(浩之ぃぃぃぃぃ!)
綾香は浩之の言葉が嘘だと言うことを見抜いた。昼間に志保とカラオケに行っていた
ではないか?それが証拠である。
「姉さん・・・・」
浩之の嘘をばらしてやろうかとも思ったが、フラスコを再び見たときその考えは消えた。
(いくらなんでもこんなものを飲むなんてイヤよねぇ。嘘ついたことは黙っていてあげ
るからこの薬を飲むのはあんたよ!)
「姉さん!多分浩之も今頃は用事を済ませて家にいる頃だと思うから電話かけてみない?
ほら、もし惚れ薬みたいなのだったら・・・・ヤバイでしょ?」
芹香もそれはまずいと思ったのだろう、少し考えると頷いた。
「じゃ、早速電話するわね」
サイドテーブルに置かれた電話で浩之の家に電話をかける。
『・・・・はい藤田ですが?』
『夜分遅くすみません。浩之君いますか?』
『浩之ならあかりちゃんのところで勉強教わって来るって出かけましたが・・・・』
『そうですか・・・わかりました、それでは』
「次はあかりの家ね」
綾香はアドレス帳をめくるとダイアルする。
『はい、神岸です』
『あ、もしかしてあかりさん?』
『はい、そうですが・・・どちらさまですか?』
『綾香だけどそこに浩之いる?』
『浩之ちゃんいませんけど』
『え、浩之のお母さんはあかりの家だって・・・』
『私は知らないですけど・・・』
『ありがとう。どこか心当たりは?』
『うーん、うーん、うーん、うーん・・・・・・』
『ごめんなさい。何か思い出したら電話いてね』
『あ、はい、わかりました』
『じゃあね』
「あかりの家にいないわ・・・・いったいどこに行ってしまったのかしら?」
綾香は浩之が確信犯的に逃げたことを悟った。
(どうすれば・・・・!志保に聞いてみよう)
綾香は受話器を握ると昼間貰った名刺の番号に電話してみた。
『はい、志保ちゃんです』
『ハイ、綾香だけど今浩之がどこにいるかわかる?』
『うーん、心当たりはいくつかあるけど』
『わかった、全部調べてもらえる?』
『OK』
そういうと志保は電話を切ってしまった
綾香と芹香はしばらく志保からの連絡待つことになった。
『だめぇどこにもいないのよ。あかりのとこも、智子もレミィもみんな知らないって。
一年生の所はまだだけどもうこんな時間だから・・・・』
綾香は志保の言葉で時計を見た。11時近くなっている。いくら何でもこの時間に人
の家に電話をかけるわけにはいかない。
『ありがとう、ごめんなさいね変なこと頼んじゃって』
『別にいいわよ。それじゃ』
綾香は志保の情報に『雅史』という選択肢が抜けていたことに気付いていなかった。
肝心なところが抜けているのが志保が志保たる所以であろうか?
「ふぅ、私が飲むのね・・・・・」
不気味なカーキ色した薬を見ながらつぶやく。
意を決してフラスコに口づけようとしたとき、芹香がそれを止めた。
「・・・・・」
「ちょっとまて?これを混ぜなきゃ完成しない?」
そう言うと芹香はフラスコに茶色の瓶の薬品を混ぜはじめた。
(・・・・・まぢ?)
綾香はできあがった薬を見て絶句した。
濁った紫とおうど色の間の色、これを美しいという人がいたら美的感覚を疑いたくな
る、そんな色。
綾香は今まで以上に飲む気をなくした。
芹香はジッと綾香を見続ける
「じゃ、飲むわよ・・・」
ごくりという音ともに得体の知れない薬が綾香の喉を通る。
(ま・・づ・・・い・・・・)
そう考えながら綾香の意識はブラックアウトした