〜4月21日(月)〜 空を見上げる少年
僕はセリオと初めて会った公園に来ていた。
思えばちょうど1週間前、雨の降る中、ここで彼女と出会ったんだ。
僕はその時自分が座っていたベンチへと足を運び、そこで妙なものを見た。
白衣を着た叔父が、誰か見知らぬ少年と一緒に、ハトに餌をやっていたのだ。
高校生くらいだろうか。ガクラン姿の少年は、特に文句を言う風もなく、叔父
が話すのを聞きながら、餌をまいていた。
やがて餌をまき終わり、最後に一言、何か言葉を交わした後、少年は僕の方へ
と歩いてきた。
互いに特に意識することなく、すれちがう。
――ただ、チラッと見たその少年の顔は、晴れ晴れとしていた――
僕は少年に代わり、叔父の座るベンチへとやって来た。
「よう、祐介」
「叔父さん……いまの彼、知り合いなんですか?」
「いや、今日初めて会った」
「はぁ? そんな子と一緒にハトの餌やりなんかやってたんですか?」
「ああ。有意義な時間だったぞ」
「はあ」
やはり訳の解らない人だ。
そう思いながら、僕は叔父の隣に座った。
「…………」
「………少しは落ち着いたか?」
「…………」
「…………」
「………ええ、おかげさまで…」
「…………」
「…………」
「…そうか」
「…………」
しばらくそのまま日向ぼっこを続けた。
今日はあの時とは違い、快晴の空が、僕らの上にあった。
「……………」
「……………」
「なあ、祐介」
「…はい…」
「お前なら、…どう答える? ロボットに心は必要か、必要でないかと訊かれ
たら……」
「……………」
「……………」
僕は雲一つない空をじっと眺めながら、
「無いほうがいいですよ」
ポツリと呟いた。
「………………」
「心なんて持たせちゃ、ロボットたちが可哀相ですよ……」
青い空を見ながら僕は思い出す。
男は妹のことを本当に大切に思っていた。だがその強すぎる想いはやがて『狂』
に堕ち、妹を傷付けた。男はさらにもう一人の少女の心を壊し、妹は苦しみ、
兄を『狂』から救いたいと、別の男に助けを求めた。その男もその娘を苦しみ
から救おうと、男の心を壊したが、結果、少女の心は壊れた……。
後には、心の壊れなかった男が、独り残っただけ……。
――すべて心が引き起こした悲劇だとするならば……。
あの兄妹は今もなお、暗く冷たい闇の底で、永遠に来ない明日を待ち続けてい
るのだろうか……。
「………………」
「………………」
「………そうか」
春の日差しは、ぽかぽかと暖かかった……。
「……それじゃ、僕はこれで……」
立ち上がり、僕は叔父に背を向け、歩き出した。
「祐介」
呼び掛けられ、足を止める。
「でも、おまえは彼女に心を感じたんだろう?」
「…………」
「彼女に心を感じたから、おまえはあの娘に惹かれた……」
「だからおまえは救われたんだろう?」
「………………」
「………………」
「………………」
僕は振り返ることなく、無言で、その場を後にした……。
今日は良く晴れていた。
たくさんの木々が多い茂った公園には、学校帰りの若者や子連れの母親たちが
楽しそうに歩いていた。
『ねえ、心はあった方がいいと思う?』
僕は、もう二度と目覚めることのない、二人の眠れる美女に問い掛けてみた。
『………………』
春風が静かに、足下の桜の残骸を吹き散らしていく。
「………………」
その問い掛けに応えてくれるものは誰もいない。
それは僕自身が、これからこの世界で生きて、見つけていかなければならない
のだから……。
僅か3週間というかりそめの命しか与えられなかった彼女には、一体どんな風
にこの世界が見えたのだろう。
僕のように、色のない空虚な世界だったのだろうか。
それとも、鮮やかな色に咲き溢れる、華やかで魅力的な世界だったのだろうか。
研究所の庭先。小鳥たちに囲まれ、彼女は一体なにを思っていたのか。
なにを想って、歌っていたのか。
その空虚な瞳からは、なにもはかり知ることはできない。
「…………………」
空を見上げる。
クリアブルーの美しい空が、視界いっぱいに広がっていた。
春の日差しは暖かく、道行く人々の顔にも笑顔が溢れている。
どこまでも、どこまでも遠く広がっていく青い空を見上げながら、僕はポツリ
と、その歌を口ずさむのだった…。